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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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一人ぼっちの楽しみ

一人ぼっちの楽しみ

とあるサイトで「一人食べ放題を楽しむ」という記事を読んだ。一人焼き肉や一人カラオケと同じ理屈だ。人は一人で楽しめるんだという証明だ。じつに胸がすくような自由ではないか。ぜひとも私もその自由を味わってみたくなり、好きな中華料理屋に入った。


 平日の開店直後で客はいない。どの席でも選び放題。まさに自由である。店の中央、四人がけのテーブルを占拠した。メニューを開き、ほくそえむ。どんなメニューも選び放題、食べ放題なのだ。誰に遠慮することなく好きなものだけ食べるのだ。


 まずは大好物のエビ餃子。いつもは四個入りを妻と二人の子供とで分けるので、たったひとつしか食べられないわけだが、今日は四個すべて一人占めだ。お代わりしたっていい、なにせ食べ放題なのだ。

 しかしまあ、他にも好きなメニューはある。一通り食べてから考えればいい。なにせ食べ放題だ。

 フヨーハイと五目焼そばと酢豚と中華風コーンスープを頼んだ。ウェイターが厨房に消えて、なにやらドキドキしてきた。悪いことをしているような、恥ずかしいような、一種独特の心持ちだ。冷たい水を飲んで落ちつこうとするが、なかなか思い通りにはならない。込み上げる期待と相まってドキドキしすぎて腹がいたくなってきた頃、中華風コーンスープがやってきた。

 テーブルに置かれたスープを見て、ごくりと唾を飲んだ。食欲からではない。あまりに量が多くて怯んだのだ。いつもは家族四人で分けて、四人ともお代わりできる量なのだ。一人で食べ尽くすなら八杯飲み干さねばならないということだ。

 嫌な汗が出てきた。同時に厨房から料理が運ばれてきて、私のテーブルは皿で埋もれた。四、五人前の料理が五皿。食べなれた料理、見慣れた皿なのだが、普段よりずっと量が多く見える。五皿焼そばが富士山のように盛ってあるように見える。

 とにかく食べ始めなければ食べ終わらない。箸を取ってエビ餃子をつまんだ。口に入れて噛んでいくが、さっぱり味がわからない。砂でできているような気がするくらいだ。なんとか飲み下すと、それ以上はとても口にする気がおきなかった。私はそっと箸を置いた。


 店長が、私が食べられなかった料理を包んでくれた。ほかほかとまだ温かい料理を抱えて帰宅した私を、家族は大歓迎してくれた。四人でテーブルを囲んで料理を広げる。とたんに腹が減ってきた。家族と分けあって料理を食べる。これはなんと幸せなことだろう。


「あれ? エビ餃子が三つしかないよ」


「お父さんはいいから、みんなで食べてくれ」


「でもお父さん、エビ餃子大好きじゃないの」


「もうイヤと言うほど食べたから、大丈夫だ」


 そう。私は今日、一生分のエビ餃子を食べてしまった。もうエビ餃子の顔は見たくない。一人食べ放題は食欲を打ち負かす力があるらしい。子供たちに伝えよう。「一人食べ放題だけはしてはならない」と。

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