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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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ペットボトルの中の虫

ペットボトルの中の虫

 ペットボトルの水を飲み終わって、何気なくカラのボトルを目の高さに上げてみた。普段からなんとなく見てしまうのだ。水が半口分ほど残っていて、もったいないなと、いつも思う。我ながら貧乏くさい。


 ゴミ箱に捨てようと立ち上がったときに違和感を覚えた。もう一度ペットボトルを持ち上げて中をすかして見ると、何か黒くて丸いものが入っていた。異物混入? まったく気づかずに最後まで飲んでしまった。間違って異物を飲み込まなくてよかった。


 いったい何が入っていたのかとペットボトルを逆さに振って黒くて丸いものを取り出した。

 固い。砂利だろうか。採水時に混入した……、そんなわけはないか。工場で濾過されているだろうから。では、その工場で? 砂利が? いくらなんでも砂利は入らないだろう。ではこれは何だろう。指でつまんでみても固いだけ。丸っこいという感触しか分からない。目を近づけて見ると、真球ではなくゆがんでいるのがわかる。直径は一ミリ、いや、二ミリくらいだろうか。さて何だろう。


 もっとよく観察しようと百均で虫眼鏡を買ってきた。白い紙の上に丸いものを乗せ、虫眼鏡でのぞいてみた。

 それは真ん丸ではなく、ヘルメットのように半分が平たくなっている。表面は滑らかで光沢がある。ペンの先でつついて裏返してみた。


「ああ……」


 思わず声がもれた。そうではないかと予想はしていたが、そうでなければいいと願っていたのに。

 丸いものには小さな小さな足があった。虫だ。しかも動き出した。逆さになって苦しいのか、じたばたともがいている。ペンでつついて起こしてやると虫はぴたりと動かなくなった。大人しい気性だろうか。刺したりはしないだろうか。

 明日、外に出たついでに捨ててこようと、ペットボトルに戻して蓋を閉めた。


 翌朝、ペットボトルを目の高さに上げてみると、虫は大きくなっていた。五ミリくらいだろうか。虫眼鏡がなくとも球ではないことが分かる。

 虫とはこんなに急激に大きくなるものなのか。生き物に興味がなく、小さなころから何かを飼育した経験がないので、なにやら面白かった。もう少し様子を見ようと、ペットボトルをそのままにして家を出た。


 帰宅して夕飯の準備をしているときにペットボトルのことを思い出した。見に行くと虫はまた大きくなっていた。二センチはある。観察するのにもう虫眼鏡はいらない。

 つるんと丸い甲にはなんの亀裂もないところを見ると飛んだりはしないだろう。足のある面を見ても顔らしいものはない。もう少し大きくなったら見えるかもしれない。なんだか楽しくなってきた。ペットボトルは元通りにしてキッチンに戻った。


 翌朝、虫はまた大きくなっていた。ペットボトルの底にみっしりと嵌まっている。

 これはいくらなんでもおかしくないか。いくらなんでも急に大きくなり過ぎだ。

 捨てよう。そう思ってペットボトルを持ち上げると、ずしりと重かった。何を食べればこんなに重くなるんだ、と思ってハッとした。こいつは何も食べていない。それなのに質量が増えている。明らかにおかしい。


 ゴミ袋に入れようと思ったが、ゴミ収集日はまだ先だ。その間にこの虫がまだまだ大きくなってしまったら……。ペットボトルを内側から壊して出てきたら……。どこまでもどこまでも巨大になったら……。恐ろしくなって家から飛び出した。

 近所の川まで走り、人の目がないのを確認してからペットボトルを川に放り捨てた。ペットボトルは水しぶきを上げて少し沈み、それから水面に半分ほど浮いた状態でぷかぷかと流れていった。

 これでいい。海に流れていけば、どれだけ巨大になっても大丈夫だ。ペットボトルが見えなくなるまで見送って、ほっと息を吐いて家に帰った。


 その晩、テレビを見ていると、あの虫が画面に映った。不思議な生き物を紹介する番組らしい。


『この虫は最大十センチほどまで成長します。水だけで生きられることから、漢方薬として高値で取引されています。』


 高値というのがどれくらいかネットで調べてみて目をむいた。想像と二桁違った。あわてて川に走ったが、ペットボトルはもちろんどこか遠くに流れてしまっていた。


「ああ……」


 思わず声がもれた。そうではないかと予想はしていたが、そうでなければいいと願っていたのに。今頃は海の水を飲んでさらに大きくなっているだろうか。頭の中でさらに高く値付けされた虫はギラギラと輝いていた。


 それ以来、ペットボトルの水を買うと、虫眼鏡ですみずみまでさがすようになったが、あの虫にはついぞ出会わない。

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