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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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天気雨

天気雨

『朝焼けすると雨が降る』

 とおばあちゃんが言っていたけど、本当だなって、ゆりあは思う。

 天気予報が「晴れるでしょう」って言っても朝焼けした日は雨が降る。

 真っ赤な陽射しが隣の家の壁を照らしているから、ゆりあは傘を持っていくことにした。


 ゆりあの家には日が射さない。朝日は東隣の家の陰になって射さない。夕日は西側の家の陰になって射さない。南側には大きなビルがあって真昼でも薄暗い。

 そのせいでゆりあの家はいつもじめじめしていて洗濯物が乾かないとママが嘆く。ゆりあは生まれた時から住んでいるから、よく分からない。


 雨は昼過ぎに降った。空は青いのにどこからか雨だけが降ってきた。


「キツネの嫁入りね」


 と担任の先生が言っていたから、ゆりあは新しい言葉を一つ覚えた。

 雨は夕方にはやんでいて、ゆりあは使わなかった傘を鼻唄を歌いながら振り回して帰った。


 家につくと、ママが玄関の外にぼんやりと立っていた。


「どうしたの、ママ?」


 ゆりあが聞くとママはびくっと震えた。


「ああ、ゆりあ。帰ってたの」


「なんで外にいるの?」


「なんでって……」


 ママは恐々と玄関の扉を見た。


「入ろうよ」


 ゆりあがママの横をすり抜けて玄関を開けた。


「ゆりあ、ダメよ!」


 ママが止めた時には、もう扉は開いていた。


 扉の向こうには家がなかった。一面に広がる草原があった。

 その草原の向こうで結婚式が行われていた。真っ白な着物を着た花嫁さんと羽織と袴を着た花婿さんがちょこんと座り、まわりには、これも着物姿のお客さんがたくさんいて、中には踊っているものもあった。


「ママ、これ、なに?」


「たぶん、キツネの嫁入り……」


 よく見てみると、結婚式にいるものはみんな鼻が長くてひげがあった。


「なんでうちが結婚式場になってるの?」


「わかんない」


 二人が話していると、キツネが一人、近づいてきた。ママはゆりあの手を引いて逃げようとしたけれど、ゆりあはその場を離れなかった。


「このたびはケッコウな場をお借りして、お礼申します」


 立派なひげのキツネは深々と頭を下げた。


「おかげさまで娘の晴れ姿を仲間に見せることが叶いました」


「花嫁さんは、あなたの娘さんなの?」


 ゆりあがキツネに話しかけると、ママは真っ青になってゆりあにしがみついた。


「はい。近頃はキツネも減り、なかなか良いご縁もなく長く嘆いていましたが、ようやくこの日を迎えました」


「良かったですね」


 キツネは口を、にいっと大きく開けてゆりあに笑いかけました。ママはその顔を見て腰を抜かした。


「なにかお礼を差し上げたいが。キツネにできるのは縁結びくらいで。お嬢さんは御婚姻はまだでありましょう。母御はすでに用は御座いますまい。さて、困った」


 キツネがヒゲをひねって考えていると、ゆりあが明るい声で言った。


「キツネの嫁入りが見たいです」


「んん? 今、ご覧になっておられよう」


「お天気雨の方」


 キツネはまた、にいっと笑った。


「お安い御用」


 そういうと、くるりとトンボをきって消えてしまった。

 草原にざあっと風が吹いて、お日様がピカッと光った。そして、真っ青な空から絹糸のような雨が降ってきた。

 ゆりあは両手を広げて雨を受けた。雨はすうっと肌に染み込むようで、少しも濡れることはなかった。

 雨の中、結婚式は終わったようでキツネたちがどこへか去っていった。気がつくと草原は消えていて、いつも通りの玄関に戻っていた。

 ゆりあは夢から覚めきらないような、ぼうっとした頭で不思議な雨を受けた手のひらを見た。濡れてなどいない手のひらからは、草原の爽やかな香りがしていた。





「最近、洗濯物がよく乾いて助かるわ」


 あのあと、ママはキツネたちのことを夢だったのだと言い張り、ゆりあはママの心の平穏のために黙ってうなずいた。

 しかし、それ以来、家の中のじめじめは消えて、いつも爽やかだった。まるでお天気雨が降った時のように。

 ゆりあは爽やかな家というものを初めて知って、なかなかいいな、とにいっと笑った。

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