着ぐるみの憂鬱
着ぐるみの憂鬱
よりにもよって、すんげえキャラに当たってしまった。
何がって? 着ぐるみだよ、着ぐるみ。俺はいわゆる「中の人」ってやつ。着ぐるみの中に入ってかわいいポーズとったりすんのが仕事。いつもは遊園地でクマに入って風船配ってる。今日は遊園地の休園日だからバイトにって思ってさ、イベントの仕事入れたんだ。
なんか女の子が好きそうなリボンがついた子猫やらプリンのオバケみたいな犬のキャラクターやらがわんさか集まって駅前で踊ったりする。
「君は、これね」
って言って手渡されたのは、鮭の切り身のオバケみたいな着ぐるみだ。焼き鮭を想像してほしい。その切り身の太い部分に顔があって、顔の横から赤い身が続いて、切り身のしっぽのほうまでにゅーっと伸びてる。どこがかわいいのか分からんが、まあ、女の子には分かるんだろう。
俺が着ぐるみに入って駅前に立つと、何人もの女の子が近づいて来た。幼稚園ぐらいの子から、昔は女の子だった人までバシバシ写真を撮ってる。写真に写されるのは大好きだ。着ぐるみかぶってて写真に写されるってのは栄光の証だ。しかし、今日の主役は子猫らしい。俺の鮭に寄ってくる客は少ない。がっかりだよ。
その上、この着ぐるみにはすごい難点がある。顔がかたむくんだ。
鮭の切り身の片側に寄って顔がある。顔の横から長く切り身は伸びる。伸びた方には体という支えはない。空中に浮いてるんだ。
こいつが、重い。中に詰まってんのは発泡スチロールらしいが、バランスが取れないとこんなに重いのかって、万有引力に驚いたよ。ニュートンは偉いよ、ほんとに。
さらには集まってきた女の子たちが切り身のしっぽの方を触る。
「わあ、ふかふか~」
なんてかわいい声を聞いたら、いつもなら鼻の下も伸びるんだが、今日は「やめてくれ~」って言葉を飲みこむのに苦労した。
六時間のイベントの間、休みなく立ちつづけ、俺の首が限界をむかえた。かくんと力尽きて切り身のしっぽを地面に付けてしまったんだ!
「や~ん、切り身ちゃんが落ち込んでる~」
ウケた。べらぼーにウケた。俺はうちひしがれた鮭の切り身になりきって、どんよりと残りの時間を過ごした。
「大変な事してくれたな」
イベントが終わってテントに戻ると、雇い主が腕を組んで俺を睨み付けた。やべえ。給料減らされるかもしんねえ。そう思っていると、雇い主は俺の背中をバンバン叩きだした。
「切り身ちゃんのキャラ付け、よかったぞ! 新しい! 次も頼むよ!」
俺はほっと胸をなでおろした。けど、胸の隅で湧き上がるもやもやした気持ちをどうにもできなかった。この着ぐるみを着て、また立ちつづけるのかと思うと……。
鮭の切り身は、もう二度と食べたくねえ。そう思った。




