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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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幸福の電話

幸福の電話

真っ暗な部屋に帰ると、留守番電話がピカピカと、メッセージがあることを伝えていた。


転職して、3ヶ月。

実家から離れ、携帯があれば自宅電話はいらないか、とも思ったが。

年老いた両親が、携帯に電話をかけることに、未だ慣れておらず、両親のためだけに、電話線を引いた。

ところが、かかってくる電話の9割はセールスで、残り1割は間違い電話だった。

こちらの配慮など、無駄だったようで、両親は嬉々として携帯に電話をかけてくる。


ネクタイをはずしながら、どうせ、セールスか、アンケートの自動音声だろう、と思いつつも、留守電の再生ボタンを押す。

意外なことに、メッセージはそのどちらでもなかった。



「これは、不幸の電話です。

 このメッセージを聞いたら、一週間以内に、10人の人に、同じメッセージを送ってください。そうしないと、あなたに不幸がおとずれます。

 …あの…おかえりなさい


ぴー


ゴゴロクジゴジュウヨンプン デス 」



ワイシャツのボタンをはずしていた手を止め、思わず、聞き入る。


不幸の電話?

始めて聞いた、そんな話。

遠い昔、子どものころに「不幸の手紙」というものが流行ったことがあった。

うちにも、たしか、届いたと思う。

そのころからシニカルな子供だったようで、一読してゴミ箱に捨てた記憶がある。

あの文面、どんなものだったろうか…?


もう一度、同じメッセージを再生する。


「ぴー


ゴゴロクジゴジュウヨンプン デス 」


聞き覚えの全くない、女性からのメッセージを聞き終え。

最後まで、もう一度、聞いて、なんだか、違和感をおぼえた。

なんだったろうか?

なんだか、不幸の手紙とは違うニュアンスを感じたのだが。


三度、メッセージを再生した。


「これは、不幸の電話です。

 このメッセージを聞いたら、一週間以内に、10人の人に、同じメッセージを送ってください。そうしないと、あなたに不幸がおとずれます。

 …あの…おかえりなさい


ぴー


ゴゴロクジゴジュウヨンプン デス 」



わかった。これだ。


「おかえりなさい」


不幸の手紙には、こんな文言はなかったはずだ。

なぜ、不幸の電話には、これが加えられたのだろうか?

この一文を加えることで、よりいっそう不幸を招きそうな雰囲気を醸し出せるのだろうか?


などという、どうでもいいことに熱中して、背広をぬぐのも忘れ、四度目、同じメッセージを再生した。


「これは、不幸の電話です。

 このメッセージを聞いたら、一週間以内に、10人の人に、同じメッセージを送ってください。そうしないと、あなたに不幸がおとずれます。

 …あの…おかえりなさい


ぴー


ゴゴロクジゴジュウヨンプン デス 」


そうか。

不幸の電話は、必ず「留守番電話」に吹き込まねばならない。

もし、誰かが受話器を取り「もしもし?」と言ったにもかかわらず「これは不幸の電話…」云々と話しはじめたら、すぐに切られるか、最悪、叱責される。


不幸の電話をかけるとき、必ず、相手は留守なのだ。


外出し、帰宅して、留守番電話にメッセージが入っていることに気付く。再生してみる。すると、件の

「これは不幸の電話…」と言うメッセージが始まる。

だからこそ、「おかえりなさい」なのだ。

用意周到なことだ。…と、納得しかけて、ふと、また、なにか、違和感をおぼえた。


もうすでに、全文を暗記してしまったメッセージを、今一度、再生する。


「これは、不幸の電話です。

 このメッセージを聞いたら、一週間以内に、10人の人に、同じメッセージを送ってください。そうしないと、あなたに不幸がおとずれます。

 …あの…おかえりなさい


ぴー


ゴゴロクジゴジュウヨンプン デス 」


これが、すべて決められた、「不幸にならない為に言うべき台詞」だとすると。

「おかえりなさい」という言葉は、冒頭に来てしかるべきではないか?

しかし、実際はメッセージの最後尾につけられている。

これは…もしかしたら。


もう一度、聞き覚えのない女性の声のメッセージを再生する。

何度も再生して、今はもう、この女性が友達だったかのような親近感さえ覚え始めている。


「これは、不幸の電話です。

 このメッセージを聞いたら、一週間以内に、10人の人に、同じメッセージを送ってください。そうしないと、あなたに不幸がおとずれます。

 …あの…おかえりなさい


ぴー


ゴゴロクジゴジュウヨンプン デス 」


ああ。まちがいない。


彼女が、私に「おかえりなさい」と言ったのだ。

不幸から逃れる手段ではなく、帰宅した私が、このメッセージを聴くことを想定して

私のためだけに、「おかえりなさい」と言ったのだ…



「ただいま」


無人の部屋、留守番電話に向かって、私はささやいた。

それから、受話器を取り、適当な番号に電話をかけた。

もう覚えてしまった、このメッセージを伝えるために。


「おかえりなさい」


を伝えるために。

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