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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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ひとりでおひる

ひとりでおひる

 12時になったら、誰よりも早く、そそくさとデスクを離れる。ロッカールームまで競歩で急ぎ、カバンをひったくるように抱えて会社を出る。

 ここまでを誰にも呼び止められずに行えば、楽しいランチタイムがやってくる。いつものひとけのないベンチに腰かけてお弁当を開く。今日のお弁当はタコヤキ。冷凍ものをチンしただけだけど、最近は冷凍のタコヤキの方がおいしいと思えるようになった。とってもリーズナブル。

 ひとつひとつのタコヤキを時間をかけてゆっくりと食べる。誰にもジャマされず、自分のペースで。私はひとりが好きだ。

 なんで他の人たちがみんなでご飯を食べたがるのか、ちっともわからない。食べているときに話すなんて味に集中できないし、そもそも行儀が悪い。


「あ、三上さん」


 名前を呼ばれて顔を上げると、後輩の竹井くんだった。手にマクドの紙袋をぶら下げている。ということは……。


「となり、いいですか?」


 私が座っているベンチを指差す。円滑な職場環境維持を考えると、よそへ行けとも言えないし、しかたなくベンチの端に寄った。

 竹井くんは姿勢よくベンチに座ると紙袋をに手をつっこんでポテトを食べ始めた。もくもくと、もくもくと、もくもくと、ポテトを食べる。

 ふたりならんでもくもくともぐもぐしていることが気まずくて、私は口を開いた。


「竹井くんは外食派なの?」


「いえ、べつに」


 しん、とふたりの間に静寂が生まれた。タコヤキが今は美味しそうには見えない。


「マクド、好きなの?」


「いえ、とくには」


 竹井くんはもくもくもぐもぐとポテトを食べている。

 ふと、気づいた。竹井くんはさっきからポテトしか食べていない。


「あの……、ハンバーガーは?」


「ないですけど」


 もくもくもぐもぐポテト。


「ポテト、好きなの?」


 竹井くんは手を止めて宙を見つめた。


「そうですね。わりと」


 もくもくもぐもぐポテト。私もタコヤキに戻る。もくもくもぐもぐタコヤキ。もくもくもぐもぐポテト。もくもくもぐもぐタコヤキ。


「ごちそうさまでした」


 竹井くんは紙袋をねじりながらつぶやいた。


「ごちそうさまでした」


 私はお弁当箱の蓋を閉めながらつぶやいた。


「三上さん、明日もここでランチですか?」


「うん。そうだよ」


「明日もベンチ、貸してもらえますか?」


「いいよ」


 するっと出た言葉に驚いた。私、竹井くんと一緒にランチ、いやじゃない。


「じゃ、また明日」


 竹井くんはスタスタ去っていく。私はなぜだか明日のランチが楽しみで、お弁当箱をかたかた振り回しながら会社に戻った。



 翌日は雨だった。昼休み、ロッカールームから出たところで竹井くんと出会った。


「雨ですね」


「そうね」


「三上さんは雨の日は、どこでランチなんですか?」


「便所飯」


「なるほど」


 ふたりの間に静寂が生まれた。ついうっかり口を滑らせたけど、いくらなんでも便所飯を公言すべきではなかった。悔やんでいると竹井くんが深くうなずいて言った。


「それはすばらしい」


 スタスタと男子便所に入っていく。


「竹井くん!」


 思わず呼び止めてしまった。竹井くんが振り返って不思議そうな顔をした。


「よ、よかったら、休憩室で一緒に食べない?」


 どきどきしてる、私。なんだか顔が熱いみたい。


「じゃあ、そうしましょう」


 戻ってきた竹井くんは少しだけくつろいだ雰囲気になっていて、私はなんだか落ち着かない。

 休憩室でテーブルをはさんでふたりでもくもくもぐもぐもぐもぐもくもくと、お弁当を食べた。誰も話しかけてこなかったし、竹井くんも静寂に包まれていた。だけど私はお弁当に集中できなくてタコヤキの味もよく分からなかった。


「三上さん」


「な、なあに」


「明日もここでランチですか? ベンチですか?」


「な、なんで?」


「一緒にランチしましょう」


「な、なんで?」


「一緒にいたら、すごく静かだ」


 ああ。私の胸がトクンと鳴った。

 ああ。このひとは私と同じだ。

 そう思ったら急に不思議な静けさが胸の中に広がった。それは私がずっと欲しかった静寂だった。私はうなずいた。ただ、うなずいた。竹井くんは黙ったまま嬉しそうに笑った。

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