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風がつよい日
風が強い日
びゅうびゅうごうごうと耳のそばで風が鳴る。マントの裾がはためいて肌を叩かれているようだ。一面にキリンソウが咲く丘は黄色の世界だ。吹き荒れる風が花粉を巻き上げる。空まで黄色に染まった丘で道をなくして佇んでいた。
丘の向こうは高い崖ではるか下に荒れた海がある。振り返るとどこまでも続くくさはらがある。見渡すかぎり人はいない。それどころか動物もいない。白い雲だけが生き物のように走っていく。
ふと風の中に人の声が聞こえた気がした。長く尾を引くように誰かの名前を呼んでいる。空を見上げても鳥もいない、海を見下ろしても舟もない。ただ風だけが吹いていた。
耳に聞こえる名前を呟いてみる。ぽっ、と明かりがともったような、夜空に星を見つけたような、不思議にやわらかな感情を覚えた。
この名前を胸に抱いてどこまでも歩こう。揺れるキリンソウが指し示す先へ歩いていこう。いつかこの名を呼んでくれる人に出会うまで、風とともにどこまでも、どこまでも歩こう。




