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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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黄緑いろの魔法

黄緑いろの魔法

 手品師のおねえさんはいつも黄緑いろのかばんを持っている。手品喫茶の小さなステージで黄緑いろのかばんからヒヨコやウサギを出してみせる。

 アキは大好きなミルクセーキを飲むのも忘れて身を乗り出して黄緑いろのかばんを見つめるのだ。


「ママ、ママ、なんでおねえさんのかばんからはヒヨコが出てくるの? 魔法なの?」


 手品師のステージが終わるとすぐにアキはママにたずねた。ママは困ったような笑い顔になった。


「きっと、黄緑いろだからよ」


「黄緑いろは魔法なの?」


「たぶんね」


 アキは感心して椅子にきちんと座りなおすとミルクセーキをジュウッと飲み干した。



 アキは秋生まれで、今年の誕生日で六歳になった。来年は小学校にあがる。アキはおじいちゃんとおばあちゃんとママと一緒にランドセルを買いに行った。


「アキちゃんは何いろのランドセルがいいのかな?」


 おじいちゃんに聞かれたアキは一直線に黄緑いろのランドセルのところに駆けよった。


「これ! 魔法のランドセル!」


 ママはあわてて他のランドセルを指差した。


「アキちゃん、大好きなピンクもあるよ。オレンジもかわいいよ」


「ううん、黄緑いろのがいい。中からヒヨコが出るから!」


 アキはランドセルを背負うと嬉しそうにぴょんぴょん飛びはねた。ママは大いに困った。ランドセルからは逆さに振ってもヒヨコは出ないからだ。


 おじいちゃんとアキが黄緑いろのランドセルをレジに持っていっている間にママはおばあちゃんに事情を話した。


「なるほどね。アキちゃんは黄緑いろのは全部魔法のかばんだと思っているのね」


「私、うかつなことを言ったわ。ランドセルがこんなにカラフルだなんて思わなかったし。ねえ、どうしよう。ヒヨコが出てこなかったら、泣いてしまうかも」


「まあ、まかせなさいって」


 おばあちゃんは自信満々にうなずいた。


 家に帰るとアキはさっそく箱からランドセルを取り出した。ランドセルのふたを開けて、目をつぶってランドセルの中を手探りしている。ママはハラハラしながら見守った。

 しばらくしてアキは目を開けると顔をくしゃっとゆがめた。今にも泣き出しそうだ。


「なんでアキのかばんはヒヨコがいないの? 黄緑いろなのに」


 すかさずおばあちゃんが口を開いた。


「アキちゃん、まだランドセルには魔法がかかっていないんだよ」


「待っていたら魔法できるようになる?」


「ただ待っているだけじゃだめ。魔法をかけてもらわなくちゃ」


「魔法をかけるの?」


「そうよ。おばあちゃんが頼んでくるから、アキちゃんはいい子にして待っていてね」


 アキはこっくりとうなずいた。



 それから一週間後、おばあちゃんとママと、ランドセルを背負ったアキは手品喫茶に行った。その日は手品師のステージはない日だったが、店に入ると手品師のおねえさんがアキを待っていた。


「こんにちは、アキちゃん」


 憧れのおねえさんに話しかけられてアキはドキドキして顔が赤くなった。


「今日はランドセルに魔法をかけてあげるね」


「ほんとう!?」


「ほんとうよ。さあ、ランドセルをテーブルに置いて」


 アキは背中からランドセルを下ろしておねえさんの前のテーブルに置いた。

 おねえさんは黄緑いろの大きな布をフワリとランドセルにかけると、その上でパン! と一回手を叩いた。

 おねえさんが布を取るとランドセルは消えていた。


「ランドセルがない!」


 アキはテーブルにしがみついた。テーブルの上をバンバンと叩いてみたり、テーブルの下をのぞきこんだりした。しかしどこにもランドセルはない。アキの目にみるみる涙がたまっていく。


「泣かないで。ほら、ランドセルはここよ」


 おねえさんが布でテーブルをさっと払うと両手に乗るくらい小さなランドセルが現れた。


「わあ、小さくてかわいい!」


 アキは黄緑いろの小さなランドセルを手に取るとふたを開けた。


「ヒヨコだ!」


 ランドセルの中からは黄色のヒヨコがピョコンと出てきた。


「魔法のかばんだ!」


 手品師のおねえさんは眉をひそめた。


「大変だわ」


 アキが心配そうに聞く。


「何か困ったの?」


「うまく魔法がかからなくてランドセルが小さくなっちゃった。これじゃ、小学校に行けないわ」


 アキはびっくりしてランドセルを逆さに振って元の大きさに戻そうとした。


「戻れ! 戻れ!」


「アキちゃん、元に戻すことはできるけど、そうしたら魔法が使えなくなっちゃうかもしれない。どうする?」


 アキはぽろりと涙をこぼした。


「魔法消えちゃうの?」


「うん」


「魔法がいいよ」


「わかった。じゃあ、ランドセルを元の大きさに戻して、一回だけ魔法が使えるようにするわ。それならいいかな?」


 アキはしばらく考えてから、ゆっくりとうなずいた。


「じゃあ、いくよ」


 お姉さんは黄緑色の布で小さなランドセルをおおうとポイと放り投げた。布がふわりと広がって、大きくなったランドセルがお姉さんの手の中にストンと落ちて来た。


「ランドセルが直った!」


「さあ、アキちゃん。ランドセルを開けてみて」


 アキはおそるおそるランドセルのふたを開けた。中をのぞきこむと、入っていたのは一枚の写真。


「赤ちゃんの写真だ」


 アキの後ろから写真を見たママが言う。


「それはアキが赤ちゃんだった時の写真だわ。どうしてランドセルの中から出てきたの?」


 手品師のお姉さんはアキの目を見つめた。


「魔法で出てくるのはね、とっても大切なものたちなの。このランドセルはアキちゃんが大切で大切でしかたないから小さい時のアキちゃんのことを知りたかったんだと思うわ」


 アキはお姉さんの目をじっと見つめた。お姉さんもアキの目をじっと見つめ返した。


「わかった。アキもランドセルを大切にする」


 アキはランドセルをぎゅっと抱きしめてから背中に背負った。おかあさんはホッと胸をなでおろした。


 手品師のおねえさんにバイバイと手を振ってアキとおかあさんとおばあちゃんは喫茶店を出た。アキはじっと何かを考え込んでいる。


「アキちゃん、魔法使えなくなって残念だったね」


 おばあちゃんに聞かれてアキは顔を上げて、真面目な顔で言った。


「手品って、すごいね」


 そう言ったきり、アキはまっすぐ前を見て、しっかりとした足取りで歩いていく。おばあちゃんは魔法をなくしてしまったアキを見て、寂しくなった。


「アキね、小学校に行ったら友達たっくさん作るんだ!」


 アキは少しずついろいろなものをなくしていくけれど、それよりもずっと大きなものを手に入れていくだろう。その日が来るのは遠い未来の話ではない。魔法のように目に見えないものでもない。


「アキ、今日の晩ご飯、ハンバーグにしようか」


「ほんとう? やったあ!」


 おかあさんとおばあちゃんはランドセルと一緒にアキの成長を楽しみに家に帰っていった。

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