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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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渋滞

渋滞

 赤いスポーツカーは悩んでいた。憧れのローバーミニと仲良くなるにはどうすればいいだろうか。

 かわいいかわいいローバーミニ。思い出しただけでギアがトップに入ってしまう。ボウッとしていて慌てて急ブレーキをかけてエンストしたりもする。このままでは、まともな運転ができなくなってしまう。なんとかミニとお近づきにならなくてはスクラップになる日も遠くない。

 スポーツカーは排気ガスを吹き上げて悩んだ。


 スポーツカーとミニが初めて出会ったのはコンビニエンスストアの駐車場だった。スポーツカーが悠々と昼寝をしている隣の駐車スペースに小さな車がやってきたのだ。なんどもなんどもハンドルをきり直してやっと駐車できたミニは、恥ずかしそうにスポーツカーに笑いかけた。ミニの愛らしい笑顔を見たスポーツカーは思わずボンネットをがばりと開いてしまった。


「私、下手でしょう」


 ミニははにかみながらスポーツカーに話しかけた。


「いえ、そんな……」


「いつまでたっても車庫入れが上手くならなくて」


「いや、そんな……」


「加速も悪いし、最高速度も遅いし、スポーツカーさんの足元にも及ばないわ」


「まあ、そんな……」


 ミニはしばらくニコニコと愚痴のような自分語りをして、去っていった。スポーツカーはそのテールランプをいつまでも見つめていた。


 ミニの駐車場はどうやらスポーツカーのと近いようで、折々に見かけた。ミニは小さな車体なのに遠くにいてもすぐに目に入る。いつもきれいでピカピカと光っているせいかと最初は思っていた。しかし近所のダンプがこう言ったのだ。


「そりゃ、恋だな」


「恋?」


「恋をすると相手がどこにいてもすぐに見つけられるようになるもんだ」


 スポーツカーは赤い車体をさらに赤くした。


「そのうち夢にでも見るんじゃないか」


 ニヤニヤとダンプが言った通りスポーツカーはミニを夢に見るようになった。夢の中ではスポーツカーはいつもミニの隣を走っていた。目が覚めるといつも通り一人きりだ。日に日にミニのそばに行きたくてたまらなくなったのだった。。


 ある日、事故があったらしく、近所の交差点が渋滞していた。いつもなら快適に飛ばせる道。スポーツカーは自慢の速度を出せずにイライラしていた。そこへ、ミニがやってきた。スポーツカーの隣に並んで笑いかけた。


「こんにちは」


 スポーツカーは驚いてミニに挨拶を返すこともできない。スポーツカーに無言で見つめられ、ミニは居心地悪そうに視線をそらした。スポーツカーは何か言わなければと急いで頭を回転させたが、うまい言葉は出てこずにブオン、ブオンとエンジンを空ぶかししただけだった。


「スポーツカーさんは早いから、こんな渋滞はお嫌でしょうね」


 ミニは寂しそうに言った。その姿があまりにもたおやかで、スポーツカーは思わずつぶやいた。


「すきだ」


「え?」


 スポーツカーはハッとして赤い車体を消防車のように真っ赤にした。


「じゅ、渋滞が、すきです!」


 ミニの不思議そうな顔が次第に笑顔になった。


「スポーツカーさんはのんびりした性格なのね。私とは大違い」


 その時、二台は渋滞を抜けた。


「やっと抜けた! 行くわよお!」


 ミニは猛烈な勢いでかっ飛ばして行った。安全運転なんて言葉は知らないかのようだった。


「イーやっほー!」


 遠くになっていくミニの声を追うようにパトカーのサイレンが聞こえた。

 スポーツカーはミニの隣に並んでパトカーに追いかけられるところを想像してみた。それは悪夢のようで、スポーツカーは安全運転で速度を落として走っていった。

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