未来のおとしもの
未来のおとしもの
その人はどう見ても未来人だった。ぴったりした銀色のボディスーツを着て、髪はおかっぱ、肌はどこまでも白く、顔立ちはどこの国の人とも似つかないのに、どこの国の人とも通じる何かがあった。
なによりその人が手にしているアルミ製の箱が、未来人だとはっきり証明していた。今日、僕らが秘密基地に埋めたタイムカプセルが、その箱なんだから。
おかきが入っていた四角い缶に僕らが大切にしているものを入れて封をした。マスキングテープで缶を飾って穴を掘って埋めたんだ。
未来人が抱えている箱はまさに僕らがデコレーションした通りの姿だった。ところどころはがれて缶が見えていたけれど。それが土でよごれて茶色に変色してしまっている。テープがはがれて剥き出しになった部分は錆びて変形している。
「ワタシタチハ」
唐突に未来人が話しだした。聞き取りにくい発音で。
「コノカンヲコダイノイセキデハックツシマシタ。シカシナカミノシナモノガイカニツカワレテイタカワカラズ、タイムマシーンデチョウサニキマシタ」
私たち、と言うけれどその人は一人きりだ。どこかに他にも仲間がいるのかもしれない。
未来人はテープをはがさないままで缶の中に手を突っ込んだ。まるで手品みたいに未来人の手は缶の蓋をすり抜けている。
「タトエバコレハナンデスカ」
未来人が取り出したのは僕の宝物、遊戯王のカードだ。
「カードゲーム用のカードだよ」
「カードゲーム?」
「カードで対戦するんだ」
「タイセン? センソウノドウグデスカ?」
「違うよ、遊びだよ」
「アソビ?」
「そうだよ」
「ソレハナンデスカ?」
「遊びは遊びだよ。子供ならみんな遊ぶでしょ。大人にも遊んでる人はいるけど」
「コドモトハナンデスカ?」
「赤ちゃんが大きくなったくらいのことだよ。あなたも小さい時は子供だったでしょ」
「? ワタシタチハチイサクアリマセン」
「それは大人になったからでしょ」
「オトナトハナンデスカ?」
僕は思いっきり顔をしかめた。きっと未来では今の言葉とは違う言葉を使ってるんだ。翻訳が必要なんだ。
けれど翻訳家はいない。僕は一生懸命がんばって未来人と話した。そして驚いた。未来には子供がいないんだって言う。
未来ではみんな試験管みたいなものの中で産まれて工場みたいなところで眠ったまま大きくなるって。僕が信じられずにいると未来人は袖をめくって腕を見せた。
「コレガワタシノシリアルナンバーデス」
未来人の腕には透明なプラスチックみたいなものが埋め込まれていて変な記号と数字が刻まれていた。
「でも、じゃあ、お母さんはいないの?」
「オカアサントハナンデスカ?」
僕はなんだか未来人がかわいそうに思えて泣きそうになった。けど未来人はまるで平気な顔をしているから泣くわけにはいかない。
「お母さんていうのは、あったかくて、やさしくて、でもすぐ怒って、いたら面倒くさいけど、いないとすごく寂しいんだ」
「ソレハ『マム』ノコトデスネ」
「マム?」
未来人は服のお腹の辺りをするりとめくってみせた。そこには手のひらくらいの小さな顔がついていた。
目をつぶっていたその顔は、突然の明かりに目をしばたたかせながら口を開いた。
「マタアンタハオナカヲメクッテ。マムヲネカセテオケナイノ?」
未来人の顔が青ざめた。なんとかマムの機嫌をなおそうとお腹を撫でている。
「マム、キョウハトクベツデス。キュウブンカジダイニキテ、キュウブンカジントハナシテイルノデス」
マムは目をぱちくりして僕を見た。口の横や目尻にシワがある。うちのお母さんより年上のおばさんみたいな顔だ。その顔が突然、僕をにらんだ。
「旧文化人、未来人との接触を禁じます」
マムはすらすらと聞き取りやすい言葉で話した。
「未来人にとって旧文化人の思想は危険です。未来人は即刻、旧文化人との接触を中止してください。繰り返します。未来人は即刻……」
マムの目が赤く光って口調はどんどんキツくなる。未来人は慌てて両手を振って空中に絵を描くような仕草をした。
次の瞬間には未来人の姿は消えていて、タイムカプセルの缶がガトンと音をたてて落ちた。未来人は慌てていたから両手を振り回すときに手を離したみたいだった。
僕はテープをはがして缶を開けてみた。中にはいろんなものが入っている。交換日記のノートとか蝶の標本とか。入れた時のままで、でもすごく古くてボロボロだ。
その中に見慣れない金属の板が混ざっていた。つまんで取り出してみる。
表面にはよくわからない記号と数字。裏面には平仮名が刻まれていた。
『このはっけんはいだいでマムにすごくほめられるとおもう。こんなにすごいはっけんはわたしたちぐらいにしかできないだろう。マムのいうことをきいたおかげだ』
僕はマムに叱られた時の未来人の姿を思い出した。マムの機嫌が悪いと真っ青になっておびえて甘えた声を出す。
マムが大声で命令したら慌てて言われた通りにする。
僕はなんだか背中がむず痒くなるような恥ずかしさを感じた。なんだか分からないけれど金属の板を見たくなくて缶に戻した。
「まことちゃーん、宿題したのぉ」
キッチンからお母さんの声がした。いつもなら無視するんだけど、今日はなぜだか自然に声が出た。
「今からするところー」
缶を机の下に突っ込むと、僕はランドセルから教科書を引っ張り出した。




