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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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大人の目

佐代子の祖母は、厳しい女性だ。

祖母の家についたら、まず、仏壇に行って、手を合わせる。そう決まっている。

佐代子がまだ小さい頃、なにより先に、庭でポチと遊びたくて庭に走っていった。


「佐代子!」


とつぜんのするどい声に佐代子は首をすくめた。

縁側から祖母の叱責が飛んできたのだ。


「ご先祖様にご挨拶なさい。犬と遊ぶのはそれからです」


有無を言わせぬ圧力。圧倒的な権力。

佐代子にとって、祖母とは、畏怖の象徴だった。


そんな祖母も、末の叔父には甘かった。

べたべたと甘やかし、いい大人になっても、小遣いを渡していた。

もちろん当時は、佐代子も小さかったのでそんなこととはわからなかったが、

叔父のもとに、やっと来てくれたお嫁さんの友子さんが苦労していて、佐代子の母がそのことで頭を悩ましていたことは、佐代子も知っていた。

祖母と友子さん、双方の愚痴を聞かされ、母もかなり、まいっていたようだ。


ある日、友子さんが嫁姑問題に巻き込まれ疲れきった母に

「相談に乗ってもらっている人がいる」と話した。母にも、その人の話を聞いて欲しいと言う。

母は私を連れて、友子さんの運転する車に乗り、その人の家に向かった。

車は、舗装もされない山道を1時間ものぼり、やっと、その家についた。


昔話の挿絵で見たような、わらぶき屋根の家だった。

通された居間も、薄暗く、畳がじっとりと湿っていて、佐代子は、すぐにも帰りたかった。

居間には仏壇の二倍ほどの大きさの祭壇があり、部屋には四方からシメナワがかけられ、電気もつけず、ろうそくの明かりだけで、不気味だった。

「オカタサマがゴキトウされる間、頭を下げて」

友子さんに、そう言われ、母と佐代子は頭を下げた。


ザッザッザ。と、足音をたてて、足袋をはいた人が部屋に入ってきて、祭壇に向かって、なにやら、わからないことを唱えだした。

佐代子は足がしびれたし、なんだかヘンなにおいがするし、すぐでも逃げ出したかったが、母が神妙な顔つきでうつむいているし、友子さんはなんだかわからないゴキトウを一緒に唱えているし、とにかく、これがおわるまで待とう、と辛抱した。

ゴキトウが終わると、部屋の電気がつけられ、足袋をはいた人はニコニコしたおばあさんで、

「こんな山奥まで、よぉ、来んさったなあ」とニコニコして言う。

それでも、佐代子は、一刻も早く帰りたかったのだが、母と友子さんは足袋の人と世間話をはじめてしまい、大人しく待った。

「おなかすいたでしょう。お昼、食べていって」

足袋の人が言う。

佐代子は、こんなところで、ごはんなんか食べたくなかった。

出されたチキンライスを、なんとか一口飲み込んだが、とてもそれ以上は食べられなかった。

「どうしたん?きらいやったかね?」

足袋の人にそう言われ、

「おなかがいたくて…」

佐代子は嘘をついた。


足袋の人は、カッと目を見開くと、佐代子を頭から爪先までジロジロ見る。

「なんとまあ、あんた、お腹にヘビがついとおよ。だけん、おなかが痛くなったんよ。今、はらってあげよう」

そう言うと、足袋の人は佐代子を寝かせ、お腹をなでさすりながらごにょごにょとゴキトウをはじめた。

痛くもないお腹をなんだかヌメっとした手でなでられて、佐代子はほんとうに気分が悪くなりそうだった。

そのゴキトウはすぐに終わり、

「どうね、お腹は?よくなったろう?」

そう聞かれて、佐代子は母と友子さんの顔を盗み見た。

母は微妙な表情だったが、友子さんはニコニコと、ほんとうに佐代子が良くなったことを喜んでいるようだった。

しかたなく、佐代子は、うなずいた。

「じゃろう、じゃろう。そうだ、梨があるよ。お腹にもいいから、梨を食べなさい」

佐代子は、泣きそうになりながら、出された生ぬるい梨を、無理やり飲み込んだ。


帰りの車の中で、友子さんは足袋の人がどれほどすばらしいか、どんなご利益をくれるか、とうとうと語った。母はニコニコして聞いていた。

友子さんと分かれて、母と二人きりになって、佐代子は母に、すべてを語った。

あの家がどんなにイヤだったか。お腹なんてちっとも痛くなかったことも。

母はびっくりした顔で

「わかった。もう、二度と、あの家にはいかないからね。大丈夫だよ」

と言ってくれた。


それから2〜3年して、友子さんと叔父さんは離婚した。

祖母は長男の伯父さんと同居して、そのお嫁さんと毎日喧嘩して過ごしているらしい。

お嫁さんは、やはり母に、いろいろ愚痴をこぼすが

「大丈夫!お義母さんのことは任せておいて!負けないよ!」

と元気よく電話を切るらしい。

おかげで佐代子のお腹は、今日も元気でいるようだ。

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