噴火くん
噴火くん
彼の名前は噴火くん。もちろん本名じゃない。小さなころから怒りっぽくてすぐに顔を真っ赤にして頭から湯気を吐き出すような勢いでガーっと怒るから、ついたあだ名が噴火くん。
噴火くんは大人になっても噴火くんで、営業職についたけどクライアントと喧嘩ばっかりしてる。
「お前は噴火を止めろ! 活火山か! 石頭め!」
怒った上司が怒鳴ると噴火くんは怒鳴りかえした。
「俺は火山じゃない! 証拠を見せてやる! 軟弱に過ごしてやる!」
有給休暇届けを上司の机に叩きつけて真っ赤な顔で会社を出た。そのまま旅行代理店に行って、無理を通して翌日出発のツアーを取ってしまった。
やってきたのはハワイ。空港に下り立って首にハイビスカスのレイをかけられて噴火くんはまず一度目の噴火をした。
「子供じゃあるまいし、花の首飾りなんて喜ぶもんか!」
レイを首からむしり取って地面に叩きつけた。現地添乗員のケニーさんはニコニコ顔のまま噴火くんが投げ捨てたレイを拾って片付けた。噴火くんはケニーさんの変わらぬ笑顔を見てちょっとだけ悪かったかな、という気持ちになった。
ツアー参加者は新婚さんや、悠々自適な老後を送ってるらしい夫婦や、学生らしいカップルや、とにかく愛し合ってる二人、という人たちばかりで一人身なのは噴火くんだけだ。噴火くんはそれにもカーっとしたけれどケニーさんがニコニコしている気配を背中に感じて怒鳴りたいのをぐっとおさえた。
ツアーの日程はゆったりしていて、到着当日はホテルに移動した後はフリータイム。ホテルでくつろぐなり泳ぎにいくなりご自由に、ということだ。噴火くんはそれにも腹を立てた。一人っきりでは何をしたらいいか分からなかったから。けれど旅程を確かめもせず、そういうツアーに参加してしまったのは噴火くんのせい。噴火くんはホテルの自分の部屋でガーっと唸った。
ドアにノックの音がして噴火くんが出てみると、ケニーさんが立っていた。
「ミスター、もしお時間があったらキラウェアの公園を行きませんか」
「キラウェア? 火山だな」
「火山です」
「行こう」
噴火くんはケニーさんが一人身の噴火くんのために特別に気を聞かせてくれたことには気付いたけれど、ガーっとなった気持ちがまだ落ち着かなくてぶっきらぼうに返事をした。ケニーさんはニコニコと楽しそうに噴火くんを車に案内してくれた。
4WDのタイヤの大きな車は広々として乗り心地が良かった。キラウェア火山はホテルから見ても水蒸気を吹いているのが見えたけれど、車で近づいて行くほどにそれが大変巨大なものだということが分かってきた。噴火くんはそれにも腹を立てた。
「デカイな!」
「はい、デカイです」
「なんであんなにデカイんだ! イヤミか!」
「神様がくれたものですから、デカイです。みんながよく見えるようにデカイのです」
神様を持ちだされると噴火くんは弱かった。大好きだったおばあちゃんが信心深くて神様を大事にしていたから。
「もうすぐ公園に入りますよ」
「公園?」
「はい。キラウエア国立公園。世界遺産ですよ」
噴火くんはまた腹を立てた。
「なんでもかんでも世界遺産、世界遺産って、このままじゃ地球中みんな世界遺産になっちまうじゃないか!」
「それはステキですね。みんなが地球を大切にします」
ケニーさんのニコニコ顔がさらにニコニコになったのを見て、噴火くんはむすっとして黙りこんだ。
むすっとしたドライブを続けて、二人は国立公園内に入って車を下りた。火山まで歩くと聞いて噴火くんはまた真っ赤になった。
「聞いていない!」
「はい、言ってません。サプライズの方が楽しいでしょう」
噴火くんは心から嬉しそうなケニーさんの笑顔を見て、また何も言えなくなった。二人で黙々と歩いて行った。
展望台から火口を見下ろす頃には噴火くんは汗だくになっていた。Tシャツがぺったりと肌にひっついて不快で、また怒った。
「暑い!」
「すぐ涼しくなります。ここは気温が低いですから」
ケニーさんは噴火くんの真っ赤な顔を暑さのせいと思ったのか、相手にせずにさっさと歩いて行った。噴火くんはカッカと怒りながらケニーさんの後について行った。
「火口が見えます」
「見えないじゃないか! 水蒸気しか!」
「今日はペレが怒っているようです」
「ペレ?」
聞きなれない言葉に噴火くんの勢いが少し弱まりました。
「ハワイの女神さまです。この火山に住んでいます」
噴火くんの怒りはすうっと納まりました。
「女神様がいるんじゃしょうがないな」
「はい、しょうがないです」
二人はゆっくりと火口から上がる水蒸気を見て、来た道を戻った。車に揺られながら噴火くんはじっと考えた。女神様が住んでいる山に祖母を連れて来たら喜んだんじゃないだろうか。
「火山の女神のご利益はあるのか」
「力をくれます」
「力って、なんの?」
「なんでもです。なんでもの根っこにある力をくれます」
噴火くんはよくわからない説明に、瞬間、腹を立てたけどガーっと怒ることはなかった。そう言えばばあちゃんが言ってたな。神様がくれるのは特別なものじゃなくて、みんなが持ってる一番大切なものだって。
「根っこがあるなら、力をもらう必要ないんじゃないか」
「人間はすぐに忘れてしまうでしょう。持っていたことも、根っこがあることも、神様がいることも。だから神様は見える形でそこにいます。忘れたことを思い出せるように力をくれます」
やはりケニーさんが言っていることは分からなかったけど、噴火くんは静かな気持ちで窓の向こうに大きく見える火山を見ていた。
「あ、ケニーさーん!」
ホテルに帰ると新婚さんが駆け寄ってきた。
「教えてもらったビーチ、すっごく良かったです! もうロマンティックで。ねえ、マーくん」
「ほんとに、ねえ、サッちゃん」
二人は指を絡めて手をつなぎ、肩を寄せ合っている。微笑ましい気持ちで噴火くんが見ていると、旦那さんの方が噴火くんに話しかけた。
「あなたも行ってみたらいいですよ。お一人じゃ寂しいでしょうけど、出会いがあるかもしれないですから」
噴火くんの顔がみるみる真っ赤になっていった。
「よけいな世話だ!!! そんな軟弱なことはしない!」
怒鳴った噴火くんはドスドスと足音をたてながら自分の部屋に戻った。
「ケニーさん、あの人なんで怒っちゃったんでしょうか」
旦那さんの疑問にケニーさんは困った顔で答えた。
「きっとペレのご利益が多すぎたんでしょう。どうやら力が余っていますね」
ケニーさんは明日は有名なパワースポットに噴火くんを誘ってみようかと考えていたが、これ以上力をつけるのはやめたほうがいいか、とそれは言わないことにしておいた。




