秘伝のアイドルみたいなゴキブリ退治の方法
秘伝のアイドルみたいなゴキブリ退治の方法
「今日はどうもありがとー!!」
小首をかしげ手を振りながら小雪は舞台下手に戻った。
「小雪ちゃん、お疲れさまでした!」
「お疲れさまですう。小雪、頑張りましたあ」
「楽屋に花がたくさん届いてるからね」
「きゃあん、嬉しいですう。楽屋に入るのが楽しみ♪」
小雪は軽快にスキップしながら自分の楽屋に入った。むわっと甘い香りが小雪の鼻に襲いかかる。小雪は部屋に入ってドアを閉めると思いっきりのしかめつらをした。
「くっせー」
厚底の靴とニーハイソックスを脱ぎすててソファに大股を開いて座る。テーブルの上に乗っている花籠を足でよけてテーブルに両足を乗っけるとソファの背にもたれて天井に顔を向けた。
「あー、づかれた。もうアイドルなんてやってらんねー」
十三歳でデビューしてから今年で五年目。ノリに乗った小雪は今や押しも押されぬトップアイドルだった。CDやホールツアーは即完売、オリコンチャート初登場一位は当たり前、写真集はミリオンヒット、男性ファンだけではなく女性や子供のファンも多い。しかし小雪自身にはそんなことはどうでもよく、フリルとパニエでこんもりと膨らんだスカートをまくり上げてぼりぼりと腹をかいている。
その時、ノックもなしにドアが開いた。
「小雪! またそんな恰好して! 誰かに見られたらどうするの!」
入ってきたのは小雪のマネージャー、近藤勇だった。名前から分かる通り、勇の両親は新撰組のファンだそうだ。きっと男らしい男になって欲しかったのだろうが、勇は立派なおネエに育ってしまったようで、小雪のパンツ丸出しの姿を見ても真っ青になるだけだ。
「誰も入ってきやしないよ。小雪の機嫌を損ねたら恐いって噂になってるじゃないか」
勇は眉間に憂愁の色が濃い皺を寄せて、ほうっと溜め息をついた。
「なんでそんな噂がたったのかしらねえ。小雪は外面だけはいいのに」
「アタシは失敗してねえぞ」
「その悪いお口を直しなさいってば。これからプロデューサーが挨拶に来るから、外面に戻って」
小雪はしぶしぶ靴下と靴を履きソファに可愛らしく座った。ちょうどタイミングよくドアにノックの音がした。勇がそそくさとドアを開ける。
「いやあ、近藤さん、お疲れさまでした。入ってもいいですかね」
「どうぞどうぞ。小雪もお待ちしてました」
「きゃあん、プロデューサーさん。お疲れ様ですう」
「お疲れ様、小雪ちゃん。今日のステージも良かったよ、最高だったよ、神だったよ! もう、ファンがオタ芸を忘れて聞きいってたよ」
「本当ですかあ。嬉しい♪」
「ところでね、小雪ちゃん。来月なんだけど……」
「きゃあああ!!」
二人の会話の途中に割り込むように勇が悲鳴を上げた。二人は驚いて勇の視線の先を追う。
「あ、ゴキブリ」
「うわ、小雪ちゃん、ちょっと待ってね、殺虫剤取ってくるから」
プロデューサーがバタバタと部屋を出ていく。勇は叫び続け、小雪は首をぼりぼりとかいた。
「うっせえなあ。たかが虫一匹じゃねえか」
「や! ちょ! やめて!」
小雪は勇が止めるのも聞かず平然とゴキブリに近づくと、わしっとゴキブリを掴みあげた。
「いやあ! 小雪、やめてえ!」
小雪は壁際にずらりと並んだ花籠の内の一つに歩み寄り、巨大に育ったノウゼンカズラの袋の中にゴキブリを放り込んだ。
「いやあ! ゴキもいやだけど食虫植物はもっといやあ!」
勇は泣きながら部屋を飛び出した。入れ違いに部屋に入って来たプロデューサーが勇の背中を見送って小雪に尋ねた。
「何があったの?」
「ちょっとホームシックになったみたいですう」
「それよりゴキブリは、どこにいった?」
「あそこですう」
小雪はノウゼンカズラを指差した。プロデューサーは食虫植物に近づくと袋の中をそっと覗いた。
「うげ……」
「とっても役に立ついい子ですよねえ」
「……小雪ちゃんは食虫植物が好きなんだったっけ」
「はい♪ 大好きですう」
プロデューサーは頬をひきつらせながら横ばいで、小雪に背中を見せないように歩いて部屋から出て行った。ドアが静かに閉じると、小雪はソファにどさりと体を預け背もたれに肘を乗せて手も洗わずにテーブルの上のフルーツを食べ始めた。
「なーんでアタシが恐がられるんだろ。可愛子ちゃんしてるのになあ」
小雪はぺろりとマンゴーを飲みこんで首をかしげると、いつまでも考え続けた。
 




