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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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開けたくないメール

開けたくないメール

 浮気がばれた。

 ばれたというより最初から気づいていたらしい。


 二十五年目の同窓会、同級生だった俺たち夫婦はそろって出席した。

 そこにはもちろん、彼女がいると分かっていた。高校時代、俺が付き合っていた女、美代子。美代子は俺をこてんぱんに振り、俺は復縁を何度も頼み込んだが、それも無視された。

 立ち直れなかった俺のそばにずっといてくれたのが今の妻だ。


「久しぶり、私のこと、覚えてる?」


 妻がトイレに行ったすきを狙ったかのように美代子がすり寄ってきた。年をとってはいたが、どこかみずみずしい雰囲気をまとって美しかった。その美しさの中に高校時代の面影がきらめいていて、俺は口を開けず黙りこんだ。きっと真っ赤になっていただろう。


「久しぶりに二人きりで話さない?」


「……妻が一緒なんだ」


 美代子は赤い唇で笑うと俺のジャケットの胸ポケットに小さなメモを忍ばせた。

 帰宅して妻が風呂に入っている間にメモを確認した。携帯の電話番号だった。

 俺はその場で電話番号を覚えて、メモは千切ってトイレに流した。


 俺と美代子は月に二度ほど逢うようになった。俺は残業だと嘘をつき、美代子の指定するホテルのレストランに向かう。

 ホテルの部屋は美代子の名前でとった。普段は余分な連絡はしない。

 細心の注意をはらっていたのに、それはすべて無駄だったのだ。


 昨夜、妻が急に言ったのだ。


「美代子から電話があったわ。もう、あなたはいらない、さよならって伝言受けたわ」


 俺は目の前が真っ暗になった。妻にばれたからではない、美代子に捨てられたからだ。

 妻がいつも通りに作っていた夕飯も喉を通らなかった。翌日は会社を休んだ。


「私、最初からわかってたわ」


 妻が俺のベッドの端に座って話しかけた。俺は布団を頭からかぶったまま、ぼんやり聞いていた。


「美代子、ちっとも変わってないんだもの。こうなるって、わかってたわ」


 妻に何を言われても妻の言葉は耳をすり抜けた。俺は黙って起き上がると夜の街にさまよいでた。

 目的もなくふらふらと歩き回った。どこへ行っても何を見ても美代子の顔が思い浮かぶだけで辛かった。俺は今度こそ本当に美代子をなくしてしまった。

 スマホが震えた。美代子からの電話かと期待して飛び付くように画面を見た。しかしそれは妻からのメールだった。がっかりした。このメールに書いてあることなら読まなくてもわかる。

 俺はメールを開かずじっと画面を見ていた。すぐに真っ黒になったが、見つめ続けた。もう妻からの何もかもを受けとるのは嫌だった。

 またメールが来た。また、また、また。妻は俺が返信するまで何度だって送ってくる。そうすれば俺が折れるとあいつは知っている。


 歯を食いしばって一通目のメールを開いた。


『離婚しよう』


 ほら、こうだ。


『慰謝料なんかいらない』


『私が家から出ていくから』


『離婚届はもらってあるよ』


『あなたからもらったもの、全部返すね』


 妻は俺がしたいことを予測して先回る。俺は意地をはってしまって自分の思っていない方へ流される。

 俺は歯を食いしばったまま電話した。


「……今から帰るよ。晩御飯? 食べるよ」


 そしてまた日常が始まる。妻が望む通りの日常が。俺は何もかも妻が思う通りに踊らされ続けるのだ。これからも一生。

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