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クーラーに愛された男
クーラーに愛された男
その男が歩くとすべてのクーラーが彼に風を吹きかける。自動ドアが開けば強風が彼を襲う。会社のクーラーの吹き出し口はすべて彼の方を向く。自宅でクーラーをつけると風量設定を弱にしていても強風が止まらない。
彼は夏の暑さとは無縁だ。クーラーに愛され冷風に不自由しない彼を周囲の人たちは羨ましがる。とくに彼の恋人は夏の間、彼の家に入りびたる。
「いいなあ、ともくんの部屋は涼しくて。うち、クーラーないからなあ」
恋人があまりに嬉しそうに涼むので彼は彼の苦悩を話すことができずにいた。恋人との別れまで考えが及ぶほどに悩んだ。しかし答えは出ず、彼は諦め顔でクーラーに吹かれ続けた。
彼はひどい冷え性だった。
もうすぐ彼の愛する秋が来る。




