無用の長靴
無用の長靴
雨がひどく降っている。幸美はがっかりしながら下駄箱から長靴を取り出した。幸美は小さな頃から長靴が嫌いだ。ならば何故持っているかというと先月の大雨で靴を一足ダメにしたからだ。お気に入りの靴だったのでずいぶん落ち込んだ。雨の日に履いて出たことをとことん悔やんだ。その反省の意味も込めて、長靴を購入したのだった。
傘を差しているのにスカートの裾がびたびたに濡れる。頭と鞄をなんとかかばうのが精一杯だ。体がどんどん冷えていく。長靴の中の足だけがポカポカと温かい。足だけでも温かいと風邪をひかなくてもすむかもしれない。長靴、なかなかいいじゃないか、と幸美はニヤリと笑った。
もう少しで職場、という辺りで、幸美のすぐそばを大型トラックが疾走していった。盛大な飛沫をあげて。雨水は幸美の半身をびっしょりと濡らした。長靴の中にも水が入り込み、歩くたびにぐっぽぐっぽと間抜けな音をたてる。足がぬめって気持ちが悪い。長靴の底にたまった雨水が重くて足が疲れる。幸美は小さく舌打ちした。
職場について鞄に入れてきたパンプスに履き替えた。長靴を捨ててやろうと、中に入った雨水をトイレに流した。すると雨水と一緒に百円玉が転がり落ちた。歩道の雨水をかぶった時に入り込んだものか、覚えのない百円だった。
幸美は顔をしかめた。百円が降って湧いて嬉しいような気持ちが一瞬だけしたが、今はそれが気の迷いだったとしか思えない。
トイレに手を突っ込んで百円玉をつかむなんて、さらさらごめんだ。けれどこのまま水を流して詰まったりしないか気にかかる。
「ああ、もう! だから長靴なんかだいっきらい!」
手にした長靴を思いきり床に叩きつけて幸美は怒鳴ったのだった。




