雨の木
雨の木
まあるい丘の上にぽつんと一本、雨の木があります。丘にはほかに木はなくてごろごろと石が転がるばかりです。丘の辺りは乾いた土地で人も動物も住んでいません。
雨の木は大きく枝を広げて丸い葉っぱをたくさんつけています。その葉っぱから、しとしとしとしと滴が垂れているのです。雨の日も晴れた日もいつも滴を垂らしています。近くを通る旅人はこの丘に上って雨の木の滴で喉を潤すのでした。
ある寒い寒い日のことです。昼間から降りだした雪が暗くなるにつれてどんどん激しくなりました。すっかり日がくれたころには吹雪になっていました。
厚く積もった雪の原を一人の旅人がやって来ました。外套をきつく体に巻き付けて風と雪を防ごうとしていますが、強すぎる吹雪は旅人をすっかり凍えあがらせました。
丘の麓についた旅人は、丘の上の雨の木を見上げました。雨の木には雪も積もらず暖かそうに見えました。旅人は雪をかきわけて丘を上りました。
雨の木はしとしとしとしとと滴を垂らしていました。寒い寒い夜なのに凍ることもありません。旅人は手を伸ばして滴にふれてみました。雪の冷たさにしびれた手に滴はとても温かく感じられました。
旅人は両手に滴を溜めると口をつけて飲みました。滴はお腹の底から体が温まったように感じました。旅人はごくごくごくごく滴を飲みました。そうして元気を取り戻して、丘を下りていきました。
暑い暑い夏のことです。一人の旅人が丘を上りました。雨の木はしとしとしとしと滴をこぼしています。旅人は服を脱いでしまって全身に滴を浴びました。たちまち体はひんやりと冷えて流れ落ちていた汗がぴたりと止まりました。旅人は元気を取り戻して、丘を下りていきました。
何回も夏が来て何回も冬が来ました。雨の木はずっと滴を垂らしていました。
ある暖かい日、遠くから一人のおばあさんが歩いてきました。おばあさんは身寄りをなくし、住む場所をなくし、疲れはてて歩いていました。
丘の麓に来るとおばあさんは雨の木を見上げました。しとしとしとしと垂れている滴がとてもやわらかそうでした。ふれてみたくて、おばあさんは丘を上りました。
滴を手のひらに受けると、滴はころりと丸い珠になりました。おばあさんは珠を口に入れてみました。とろりととろけて甘く甘く香ります。おばあさんはお腹がいっぱいになるまで珠を食べました。
食べれば食べるほどおばあさんは若返っていきました。赤ん坊になってしまっても、おばあさんは珠を飲みました。赤ん坊より小さなものになっても珠に浮かんで味わいつづけました。そうして見えなくなってしまいました。雨の木は変わらずしとしとしとしと滴を垂らしていました。
雨の木の滴が一日だけ止む日がありました。大きな丸い葉っぱがしゃらんと揺れて滴がぴたりと止まりました。葉っぱはしゃらんしゃらんと鳴りつづけ葉の裏から何かがころりころりとこぼれ落ちました。それはまあるい珠でした。いくつもいくつも珠はあふれて丘を転がり落ちていきました。珠はどこまでもどこまでも転がって、ある日海へとたどりつきました。
海のなかでまあるい珠は小さな小さな命になりました。海草になりました。小魚になりました。プランクトンにもなりました。
そうして色んな生き物に食べられて色んな命になりました。
ある旅人は海辺の宿屋で魚の料理を食べました。ふと、不思議な気持ちになりました。雨の音を聞いたような気がしました。旅人はゆっくり眠って元気になると次の旅へと出ていきます。
乾いた土地を抜けていこうと思いました。そこに珍しい木があると噂に聞いて楽しみにしていました。
旅人は雨の木を目指して歩き出しました。なぜか懐かしい故郷に帰るような気がしていました。




