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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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橋の端

橋の端

 待ち合わせはレインボーブリッジ遊歩道の入り口だった。うらぶれた道を通り、巨大な鉄骨の下をくぐって目的地にたどりついた。そっけない白い建物が遊歩道までのエレベーターの入り口のようだ。人けはない。とうに遊歩道の公開時間は終わっている。

 誰もいない通路でレインボーブリッジを見上げる。いつもは見えない橋の裏側は巨大なおもちゃのブロックのように見え、この上を何台もの車が走っているなんて恐ろしい気がした。

 待ち合わせの時間からきっかり三十分遅れて男はやって来た。真っ黒なスーツに丸っこいボウラーハットをかぶってイギリス紳士のようなイメージだ。

「お待たせしました。では行きましょうか」

 男は鍵がかかっているはずの入り口扉をすっと開けて建物の中に入りエレベーターのボタンを押した。扉はすぐに開いた。エレベーターで七階まで上がる。鉄骨にますます近づいて、通路は上り坂で空に向かっている。男に先導されて道を進んだ。

 橋の上に出ると、世界はしんと静まっていた。走っているはずの車は一台も見えず、遠くのビルのライトアップが水に映っているのが、静寂をさらにくっきりと際立たせていた。

「いかがです? お気に召しましたか」

 男はにっこりと笑うと遊歩道を進んでいく。遊歩道は十分ほどで突きあたりになった。

「今日は特別に橋の向こうまで通れるようになっています」

 男が指差す先には乳白色の歩道があって、橋の向こう見えないほど遠くまで続いているようだった。男は遊歩道のどんつきの手すりをまたぐと乳白色の歩道に下りた。振り返った男にじっと見つめられ、続いて歩道に立った。ふわふわした頼りない踏み心地だった。足の下、数十メートルは宙なのだと思うと背中に寒気が走る。男はそんなことは感じていないようで地面を歩くように力みもせずに歩いていく。おそるおそる歩き出した。二三歩歩くと足元のふわふわがいかにも心地よく、なぜか懐かしく、どこまでも歩いていけそうだった。足取り軽くうきうきと歩いた。

「さあ、ここが橋の終わりです」

 男がぴたりと止まって歩道の端を指差した。確かにそこは歩道の終わりで、その先には何もなかった。道もない、空もない、地面も空中もなかった。

「行きますか?」

 問われて橋を振り返った。七色に輝く橋は美しかったけれど一度見たら満足してもう一度渡りたいとは思わなかった。

「行きます」

 男に手を引かれ歩道の先、何もないところへ飛び込んだ。足がなくなり、腕がなくなり、頭が胴が自我が思い出が過去が未来が夢が後悔が、最後に残った道の先への恐怖がなくなった。

 男はなにもないところから歩道に戻るとしゃがみこんで歩道をはしからくるくると巻きとっていった。ふわふわの歩道があった場所には今はもう何もない。男はレインボーブリッジも遊歩道も夜景も何もかも巻き取ってすべての世界を巻き取った。

 そうして記憶もすべて消えた。そこに男は新しい歩道を広げ始めた。ふわふわの歩道は新しい橋に向かってどこまでも伸びていった。

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