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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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水晶龍の洞窟 8

水晶龍の洞窟 8

水晶龍の洞窟 1 → http://ncode.syosetu.com/n9014cg/628/

       2 → http://ncode.syosetu.com/n9014cg/633/

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       7 → http://ncode.syosetu.com/n9014cg/692/


 優しい笑顔のおばあさんに先導されてマーガレット達は屋敷の奥へと進みます。

 石組みの暗い廊下は冷え冷えとして、六人の足音が恐ろしげに響きます。カイルがおばあさんのすぐ後ろを歩き、その後をマーガレット、マーガレットと並ぶようにマルセルが、三人から少し離れてアン、エミリ、モーラがびくびくしながらついてきています。

「ねえ、マルセル、やっぱり帰りましょうよ」

「こんなところ嫌だわ」

「私達まで呪われちゃう」

 おばあさんはにっこりと楽しそうに笑いながら、ふんっと鼻息を吹きだしました。

「人の家をさんざん言いおって。なんなら本当にあんたたちも呪いにかけてやってもいいんだよ」

 三人は抱き合ってすくみあがりましたが、逃げだしはせず黙ってついてきました。


 廊下の突き当たりには大きな両開きの木の扉がありました。鉄の鋲が打たれた重々しい扉はまるで城門のようです。おばあさんはその扉を軽々と開けました。

「まあ、おばあさん。とっても力持ちなのね」

 マーガレットの言葉をおばあさんは無視して部屋の中に入りました。石組みがそのまま剥き出しの広い部屋です。床に真っ赤な絨毯が敷かれていて部屋の中央に一枚の大きな鏡が立っています。背の高いマルセルでも足の先から頭まで映る大きさです。

「こいつが呪いの原因だよ」

「この鏡に呪われたんですか?」

 マーガレットが尋ねましたがおばあさんは、また無視をしました。

「さあ、解けるもんなら解いてごらんよ」

 おばあさんは太陽のような明るい笑顔で呪いの鏡を見つめています。

「もしかしたら本当は睨みつけたいのに呪いのせいで表情が変えられているのかしら。言葉とお顔がアンバランスだわ」

 マーガレットの言葉にカイルが答えます。

「そうかもしれない。とにかく鏡を調べてみようか。何か変わったところがあるかもしれない」

 二人は鏡の表をじっくりと観察します。ぴかぴかに磨かれたくもりひとつない美しい鏡です。マーガレットの頬の産毛まで映しています。恐がっていたアン、エミリ、モーラの三人が鏡の美しさに引き寄せられて、うっとりと自分の顔を見つめています。

 鏡の枠は金色の唐草模様で柔らかな印象を与えます。貴婦人の部屋にあればきっと映えることでしょう。枠部分も埃ひとつなく傷すらありません。

 裏に回ってみました。大理石の板に鏡が張ってあることが分かりました。大理石はひんやりと鏡よりも輝いています。白地に焦げ茶色の線が走っていて、それがひとつの模様を形作っていました。

「きれいな女性。肖像画かしら」

「いや、自然に出来たものか……、もしかしたら魔法でできたものなんじゃないかな」

 白い大理石に薄い茶で描かれた女性の横顔は表情が見えないのに、なぜか楽しげに笑っているように感じられます。女性の額の部分には真っ青な石が嵌まっていて、まるで王冠をかぶっているようにも見えます。マーガレットとカイルはぴょんぴょん飛んでみましたが、なかなか石に手が届きません。

「兄貴、ぼーっと見ていないで、手伝ってくれよ」

「うん? あの石を取りたいのかい?」

「見たらわかるだろう」

「いや、彼女たちの観察に心奪われていたものだから」

 マルセルが指差したアン、エミリ、モーラの三人はマルセルの声も聞こえないようで鏡を見つめ続けています。カイルが鼻の頭に皺を寄せました。

「なんだかあの三人、皺が増えていないか」

「まあ、カイル。女性の皺の話なんていけないわ、可愛そう……。あら、本当。大変だわ」

 三人は見る間に皺だらけになり、腰は曲がり、髪が白くなっていきます。それにくらべて鏡の中の三人は輝くように美しく見えるのです。マーガレットとカイルは慌てて三人を鏡の前から引き剥がそうとしました。けれど三人はとても強い力に囚われたようにピクリとも動きません。

「この石を取るんだっけ?」

 鏡の向こうからマルセルの声がして、カチリという音が聞こえた瞬間、鏡から光が差し出しました。世界が真っ白になるような眩しさに、マーガレットは目をつぶり腕で顔を隠しました。


「うふふふふふ……」

 笑い声に目を開けると、鏡の前には誰もいませんでした。ただ、鏡の中に三人の老婆がいて鏡の中からこちらに向かって何かを叫んでいました。

「うふふふ。こんなにうまくいくなんて」

 声の主は壁際に立っていました。先ほどまでおばあさんが立っていた場所、おばあさんが来ていた服、なのにその人は若々しく妖艶な美しさを持っています。首を動かすと長い黒髪が蛇のようにうねります。真っ赤な唇は血を飲んだ後のように禍々しいほど美しいのです。

「バカな娘たち。自分が綺麗だなんて思いあがっていると、こうやって呪われるのよ。分かった? お嬢ちゃん。勉強になったでしょう」

「あなたが三人を鏡の中に閉じ込めたの?」

 マーガレットを小バカにするように見下して、女性はマルセルを指差しました。

「呪いの引き金はその青い石。あなたがこの娘たちを呪ったのよ、ハンサムさん。どう? あなたが私のものになるなら、娘たちは返してあげてもいいわ」

 マルセルは困ったように笑うと、手にしていた青い石を元の場所に戻して、鏡の中の三人に話しかけました。

「ごめんね、僕は君たちを助けてあげられないみたい」

 鏡の中の老婆はマルセルを睨みつけ、なにごとか叫んでいます。

「兄貴! あんまりじゃないか!」

「三人が可哀そうだわ」

「まあ、そのうちなんとかなるさ。ところで、貴女は魔法使いなのですか?」

 マルセルの問いに、女性は楽しげに頷く。

「そうね、そうとも言えるわ。今はただの呪われた女だけれど。でもそれももう終わり。私の代わりに三人も鏡に捕まってくれたんだから」

 『鏡に捕まった』と聞くと、カイルは鏡に体当たりしました。渾身の力でぶつかったというのに、鏡はびくともしません。

「鏡を割っても、娘たちは出てきやしないわよ。私だって消えやしない。呪いはいつまでも繰り返すの」

「誰かが鏡に捕まったら、誰かが助かるということ?」

「賢いじゃないの、お嬢ちゃん」

 女性がクスクスと笑いながらマルセルの手から青い石を奪い取りました。

「行くんでしょう? 鏡の中に。さあ、これが鍵よ!」

「やめろ、マーガレット!」

 カイルが手を伸ばすより早く石を握ったマーガレットは鏡の中に飛び込みました。弾けるような光の粒が全身をすり抜けていきます。無数の矢に貫かれているような痛みの中、マーガレットは気を失ってしまいました。

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