ばあちゃんの言うことにゃ
ばあちゃんの言うことにゃ
帰宅した隆は食卓に置いてある郵便物から自分宛のDMと公的機関からの郵便物を取り上げ、一瞥すると
全部まとめて近くのゴミ箱にポイっと捨てた。
「こりゃ!! 隆!!」
突然の怒鳴り声に、隆は、ビクっ!! とすくみ上がる。
「びっくりしたぁ。なんだよ、ばあちゃん、いきなり大声出すなよ」
ドアのかげから隆の祖母、ハツエが半身をのぞかせている。ハツエは「家政婦が見た」の大ファンで、いつも、登場するときは半身だけのぞかせて「まぁあ」と言う。
「お役所からのお手紙を、読みもせずに捨てるなんて、どういう了見だい!?」
「いや、だって、見なくてもわかってるもん」
「ほーお。わかってるんかい? じゃあ、言ってみな! なんのことが書いてあるのか!?」
「年金はらえって督促だよ。オレ、フリーターだからさ、収入きつくって無理なんだよ」
ハツエは扉のかげからズイっ。と一歩姿を表した。
「収入が不安定なものには、減免制度がある」
「ゲンメンセイド? なに、それ?」
「国民年金では、所得が低く保険料を負担することが困難な人などには、本人の申請により保険料を免除する制度が設けられています。本人・配偶者・世帯主それぞれの前年所得(1〜6月分については前々年)が基準を満たした場合に、保険料の全額または一部の納付が免除されます。 」
「へぇ〜知らなかった。てか、ばあちゃん、なんで急に口調が変わってんだよ」
「さらに、保険料未納のままですと、将来的に給付される高齢年金が減額になりますが、減免申請していれば、追納が可能になり、満額給付も可能です」
「へぇ〜。って、だから、なんで、その口調?」
「わかったか! 隆! わかったら、さっさとその葉書を持って役所に行って来い!」
「いや、だって、ばあちゃん、今はいいけど、俺らの年になったら年金もらえなくなるって言うじゃん。そしたら、無駄じゃん」
隆の言葉に、ハツエはみるみる目に涙を浮かべる。
「か〜〜〜あ! 情けない!! いいか、隆!!
現行の年金制度はな! 今、現在、隆が払う年金保険料で、ばあちゃんの保険がまかなわれておる!
つまり、隆が払わない年金は、ばあちゃんの収入を減らすことになるんじゃ!!
隆は、ばあちゃんが貧乏してもいいというのかい!? お前は、そんなに冷たい子かい!?
お前が給料日前になるとやってきて「ばあちゃ〜ん、3000円貸してくんない?」って言っても
ばあちゃんは貸せなくなるけど、あんた!! それでいいのかい!?」
「え、や、それは、困るよ。うん」
「だったら、さっさと役所に行きな!!」
「え、じゃあ、俺がジジイになったときの年金はどうなるんだよ?」
「それは、あんたの孫たち世代がめんどう見てくれる。だから、じゃんじゃん子供つくりな。
あんたの彼女、みゆきちゃん、いいケツしてるから、安産タイプだよ。安心おし」
「そっか、それじゃ、安心だ。俺、役所、今から行って来るわ」
「おう、行っといで。ついでにハローワーク行って定職も見つけてきな」
「ばあちゃん、俺は、日本一の鯉のぼり職人になる男だぜ!夢をあきらめてたまるかよ!」
ハツエは隆の言葉にほろりと涙を見せる。
「そうかい、そうかい。ばあちゃんはいつでもあんたの味方だよ。じゃ、行っておいで」
「おう! 行ってきます!」
元気よく出て行く隆の後姿を見て、ハツエはぽつりと言う。
「あんたの夢も、年金も、すべてあんたら世代の子作りにかかってるんだ。しっかり励みな」
そう言って、ハツエは、うんうん、とうなずく。
一見、いいこと言ってるように見えるが、つまるところ、シモネタであることに、ハツエも隆も気づいてはいない……。