愚痴りナイト
愚痴りナイト
「がんばれって言う人の気がしれない」
ぷりぷり、という擬態語が似合いそうな風情でヨシちゃんが怒っている。
「その人は『自分は手を貸さないよ』って宣言してるんじゃん。それなのに偉そうな顔してさ。正しいこと言ってます〜、みたいなさ」
ヨシちゃんはいつでも何かに怒っている。蚊に刺されたと言っては怒り、赤信号に引っ掛かったと言っては怒り、鳩と目があったと言っては怒る。ヨシちゃんは鳩が大キライなのだ。
「出来ない上司ほど言うのよ。『もっとがんばれ』って。適切なアドバイスも指示もなしで『がんばれ』って、お前がもっとがんばれよ」
ヨシちゃんは職場でも歯に衣着せぬから、きっと上司は同じ言葉を聞いているだろう。
「スポーツでもさ、『応援が力になりました』とか言うけど『がんばれ』って命令形よ? 命令されるのが嬉しいなんて、典型的な日本人的主体性のなさの現れよ」
語気が弱まってきた。ヨシちゃんのぷりぷり、が終息に向かっていく。
「だからさ、思うわけ。『がんばれ』に代わるいい言葉はないかなって」
「たとえば?」
「やっちまえ!」
「命令形だよ」
「行くときは行くとこまで行かないと」
「じゃあ、もっと命令してみる」
「どなふうに?」
「ヤッチマイナ!」
「キル・ビルの真似? わかる人少ないんじゃないの」
「他には?」
「負けたらメシ抜き!」
「脅迫だね」
「負けたらビンタ!」
「体罰だね」
「負けたら帰ってこなくていいよ!」
「勘当だね。ヨシちゃん、ちょっと落ち着こうか。鼻息が荒いよ」
「わかった! 鼻息荒くしろ! これだ!」
「恋の相談を受けて『がんばれ』の代わりに『鼻息荒くしろ!』。実践しちゃったら新しいドラマの幕があがりそうだね」
「悲恋ものね」
「きっとね」
「うーん。もう思い付かないわ」
「もっとがんばれ」
「がんばらんわ!」
ヨシちゃんがぷりぷり、という擬態語が似合いそうな風情で怒る。
『がんばれ』の代わりはなかなか見つかりそうもない。




