カップラーメンの刻
カップラーメンの刻
昔々、まだカップラーメンがごちそうだった時代の話。
あるところに貧乏な男子学生がおった。一人暮らしで大学に通い、仕送りは少なく、バイト代は雀の涙。節約料理などできる腕もなく、いつも腹を減らしておった。
同じゼミには金持ちの息子がいて、たびたびメシを食わせてくれたが、貧乏学生には屈辱であった。いつか見返してやるという言葉をメシと共に飲み込む日々だった。
そんな折、貧乏学生は福引でカップラーメン一年分を引き当てた。これで金持ちの息子の世話にならなくてすむと小躍りして喜んだ。来る日も来る日もカップラーメンを食べ続けた。
「君、聞いたところによると、最近はカップラーメンばかり食べているそうだね」
金持ちの息子が貧乏学生に話しかけた。貧乏学生は貧乏な食生活をバカにされるのかと身構えた。
「それじゃあ栄養が足りないよ。弁当を持ってきたんだ、食べてくれ」
金持ちの息子は貧乏学生に弁当箱を渡して優しく微笑んだ。
貧乏学生は弁当箱を抱えて狭くて古いアパートに帰った。カップラーメンに湯を入れて待つ間に弁当箱を開けてみた。鶏の唐揚げ、野菜の煮しめ、卵焼き、どれも貧乏学生の好物だった。なかなか食べることが出来ない好物だった。
くやしくて、くやしくて、涙が出た。涙がぼたぼたとカップラーメンの蓋に落ちた。カップラーメンの湯気が目に沁みるような気がして涙が止まらなかった。カップラーメンはぐにゃぐにゃになるほど伸びきった。貧乏学生は弁当をすべて捨てた。
貧乏学生は学生をやめた。必死に働きひとかどの人物になった。もうカップラーメンを食べなくても好物をなんでも食べられるようになった。寿司でも肉でもなんでも。
金持ちの息子と再会したのは、自分の会社を子供にまかせて引退しようかと思っていた頃だ。会社のイメージアップのために行っているホームレスの支援活動で現場に行った時のことだ。
「君、やあ、なつかしいなあ」
金持ちの息子は今はホームレスになっていた。
「君が支援してくれて、ずいぶん助かったよ」
救援物資のカップラーメンを並んで食べた。そうしていると、自分が貧乏学生だったころのままなことに気づかされた。
いや、本当は昔から知っていたのだ。自分はカップラーメンを待つくらいしか能がない人間なのだと。
「そんなことはない」
泣き続ける貧乏学生をホームレスがなぐさめた。
「そんなことはないさ」
カップラーメンはぐにゃぐにゃになるほど伸びた。ああ、あの時の弁当を食べたかったなあと泣いた。




