社会の窓が開いている
社会の窓が開いている
「社会の窓って言葉、誰が考えたんだろね」
突然、話しかけてきた光世の言葉に、龍彦は作業の手を止め顔を上げた。
「社会の窓って何ですか?」
「知らないの、これだからユトリは」
龍彦はぶすくれた顔をしてマネキンに着せた服の調整作業に戻る。狭いショーウインドウの中はクーラーの風も通らず蒸し暑い。
「なんでもかんでもユトリで責めるのはやめてくださいよ。好きでゆとり教育受けたわけじゃないんですから」
「ほら、すぐ言い訳する」
「いや、だから……」
「社会の窓が開いているっていうのはね、ズボンのチャックが開いているって意味よ」
「ボトムのジッパーが開いているんですね」
「なによ、言い換えるのやめなさいよね。感じ悪い」
「光世さん、喋ってないで手を動かしてくださいよ」
「動かしてるわよ」
そう言いながらも光世の手は口ほどには動いていない。龍彦はあきらめて黙々と作業を続ける。
「でさ、なんで社会の窓なんだろね。窓はまだ分かるけど。なによ、社会のって」
「僕に言われても知りませんよ」
「少しは知恵を貸しなさいよ。脳ミソなまるわよ」
道行く人がウインドウの中をちらちらと覗いて通る。この服はよく売れるかもしれない。
「あ、分かったかも」
ウインドウの外を歩く人を見ながら、光世が手を叩く。
「開いてたら社会のみんなが見るからだわ」
龍彦はおざなりに返事する。
「大発見ですね」
「うん。あんたのおかげだわ」
「僕の脳ミソはなまけていましたけど」
「脳ミソは使い物にならないけど、あんたのボトムはなかなかだわ」
「僕のボトム?」
「ボトムのジッパーが開いてるわよ」
龍彦は慌てて自分の股間を手で押さえ、壁の方を向いてジッパーを上げた。
「早く言ってくださいよ!」
「言おうとしたら、あんたが社会の窓を知らないっていうからさ。話がそれちゃったのよ」
「変な言い訳はやめてください!」
龍彦の顔は恥ずかしさと怒りで真っ赤だ。
「ゆでダコみたいになって怒るって言葉、誰が考えたんだろね」
「もういいですよ!」
この日、龍彦は二つの古い言葉を覚えた。




