爪に灯をともす
爪に灯をともす
ゆるさない。けれど手は汚さない。
幸花は古書店を巡り、呪術の本を見つけだした。他愛ないおまじないから複雑な呪いまで多岐にわたり書かれている。紙はすっかり茶色に変色して数多の手を渡ってきた様がうかがわれた。人から人へ渡り歩く内に人間の欲望を吸ってきたのだろうか。禍々しい雰囲気をまとっている。
幸花は興奮を抑え、頁をめくる。これがあれば、あいつに復讐できる。
一頁ずつめくっていくと、虫食いがして文字が読めなかったり、頁同士がくっついて剥がれなかったりもする。たまに頁の端を破ってしまう。幸花はそんなことには頓着せず頁を繰りつづけた。
「あった……」
真ん中あたりの頁の最後の行に『呪殺』という見出しを見つけた。指が震える。胸が高鳴る。そっと頁をめくると、求めていた文章が出てきた。
「生爪を剥がして火をつける……」
幸花は本を放り出すとペンチを取りだし、ためらうことなく中指の爪を剥いだ。したたる血も気にならず、マッチを擦って炎を爪に近づける。剥いだばかりの爪に火はつかない。
幸花は炭用の着火剤を大量に買ってきた。灰皿にこんもりと着火剤を積み、その上に爪を置いて火をつけた。
何度も繰り返すうちに爪は真っ黒になり、ついにはポロポロと崩れ落ちた。
「やった……」
達成感と共に指先の痛みを感じて生爪を剥いだ痕の手当てをした。
呪術を行ってから三日たち、一週間たち、一ヶ月がたった。しかし憎い相手に変わったところは見受けられない。幸花はやきもきして待ったが、二ヶ月、三ヶ月たっても何も起きない。
呪いは偽物だったのだろうか、それとも何か間違えたのか?
幸花は再び頁を繰った。勢いよくめくっていたため、目指す呪殺の頁を破ってしまった。
「あーあー……」
破れた紙片を元のように張り付けようとした時、紙が二枚くっついていることに気付いた。一枚には呪殺の見出し。裏のもう一枚には爪を燃やすやり方。幸花はおそるおそる紙を剥ぎ二枚に分けた。
一枚の紙には表に『呪殺』の見出し、裏に呪殺の方法がびっしりと書き込まれている。あまりに残酷であまりに醜悪で、とても実行はできない。
もう一枚の紙には、裏に爪を燃やすやり方。表には『節約上手になるおまじない』という見出しが書いてあった。
「……どうりで最近、貯金が増えるわけだわ」
幸花は貯金通帳とまだ包帯を巻いている中指を見比べて、大きなため息を吐いた。




