麻雀一夜記
麻雀一夜記
隼人には忘れられない正月の思い出がある。彼がまだ小学校に上がる前のことだ。
隼人の家は祖父母と暮らしていたこともあって、年末には毎年、親戚が集まって餅を搗いたり、総出で大掃除をしたり、大人数分のおせちを作ったりと賑やかに過ごすのだった。
元日にはお年玉をたくさんもらって飛び上がって喜んだ。ただ一つ、お正月で不満なところは、子どもたちが早く寝かせられた後に、大人たちがみんなで何か楽しそうにしている事だった。
「僕も起きてる!」
ずいぶん駄々をこねて一時間だけ夜更かしすることを許してもらった。わくわくしながら大人の後についていくと、座敷にちゃぶ台や、こたつ机や、お膳がだしてあり、その上に隼人が見たことがないブロックのようなものがあった。
「これ、なあに?」
「麻雀だよ」
大人達は隼人に構うことなく、四人ずつに分かれるとガラガラと麻雀牌をかき回しはじめた。
「僕もやる!」
「お前はルールが分からんだろう。仲間には入れてやらん」
「わかるもん!」
「だめだ」
今度はいくら言っても無視された。隼人は一時間じゅうずっと大人たちが麻雀するのを睨んでいた。次の夜も次の夜も同じように睨んでいた。
一月四日の夜、隼人は父親の横にぴったりとくっついて座った。父親は構わずに牌をめくる。数個の牌を捨て、次の牌を拾って来た時、隼人が父の持ち牌を指差した。
「これがいらないよ」
「なんだよ、隼人。これは大事な牌だぞ。いるよ」
「いらないよ。いま捨てるんだよ」
父親は隼人の言葉は放っておいて他の牌を捨てた。しかし隼人は毎回、横から口を出す。しまいには
「リーチ!」
と叫んでしまった。父親は無視しようとしたが、同じ卓の叔父たちは面白がって隼人の言ったとおりにしてしまった。果たしてそのリーチは当たりをつかみ、父は大勝した。あっけに取られた父は隼人の顔をまじまじと見た。
「お前……、ルールを覚えたのか?」
「うん!」
「じゃあ、ちょっとやってみろ」
隼人は大人たち相手に快勝を続け、むきになった叔父、叔母が挑みかかり、マージャンは明け方まで続いた。興奮した隼人は寝つけずに昼まで起きていた。そうして熱を出した。
知恵熱だろうということで座敷に一人寝かされて、昼間は子どもたちが遊ぶ声、夜には大人たちが牌を掻き混ぜる音を聞かされて、もう二度と麻雀はしないと心に誓った。
「……というわけで、俺は麻雀はしません」
大学生の隼人は、しつこく誘ってくるサークルの先輩にきっぱりと宣言した。今でも麻雀の話をするだけで知恵熱がでそうな気がするのに、面子に加わるなどとんでもない。隼人は逃げるが勝ちと麻雀で学んだ戦法通りに、その場からとっとと去っていった。




