頭の蟲
頭の蟲
脳みそに蟲がワイタのだと博士は真顔で言った。
「蟲ですか」
僕が真顔で聞き返すと博士はこめかみに指を当てて首をかしげた。
「この奥の方でカサカサ動いておる」
「一匹ですか」
「いや、何匹もおる。少なくとも三匹はおる。もっと多い気がする」
博士は首をかしげて頭をとんとんと頭を叩いた。耳から蟲を叩き出そうとしているのかもしれない。
「どうやら私の脳みそを食いながら増えているようだ」
「脳みそを食われたら大変じゃないですか」
「いや、今のところ困ってはおらん」
「博士、ここのところ物忘れがひどいですけど、脳みそを食われたせいじゃないですか」
「私が何か忘れたかね?」
「講義の時間を忘れて研究室にいたり、学会の資料を忘れて飛行機に乗ったり」
「そんなのいつものことだろう」
「まあ、そうですね」
「それより問題はだね」
「はい」
「フンだよ」
「フンですか」
「蟲が脳みそを食らったとしたらフンをしとるはずだ。それを取り出したいのだ」
「蟲は取り出さなくていいんですか」
「うむ、蟲がいる感じはなかなか嫌いじゃない。それよりもフンが気になる。頭の中がフンだらけになるのは気持ちが悪い」
そう言いながら博士は頭をバリバリとかきむしった。フケがパラパラと落ちる。
「そういうわけで、君、ひとつ私の頭に穴を開けてくれんか」
僕はびっくりして椅子から立ち上がった。
「穴なんか開けたら大変ですよ!」
「なに、どうということはない。針灸で頭に針を刺されたことがあるが、気持ちが良かったぞ」
「針と穴じゃ大違いですよ」
「同じようなものだ」
「だいたい、血がたくさん出ますよ。博士は血が苦手じゃないですか」
「いい機会だ。克服するとしよう」
どこまでも食い下がる博士をなんとか思い止まらせようとあれこれ言ってみたが、博士はガンとして穴を開けることにこだわった。
「わかりました。やってみます」
僕は博士から手渡されたキリを博士の頭頂に当てて思いきり押した。キリは抵抗もなくスッと博士の頭の中に吸い込まれた。博士はてっぺんハゲの上にキリの柄を生やしたまますましている。
「博士、痛くないんですか」
「うん。いい塩梅だ。穴が開いたら覗いてみてくれんか」
おそるおそるキリを引き抜くと血が出ることもなく小さな穴がてっぺんハゲの真ん中に開いた。そっと覗いてみると穴の底に何か白いものが見えた。じっと見ていると白いものは穴を上ってきた。木綿糸のようものがするすると博士の頭から出てきて長く床まで垂れた。
二メートルほど伸びたところで白いものは博士の頭から離れて床に落ちた。博士はそれを見つめていたが、しゃがみこんでサッと拾い上げた。白いものは博士の手の中でほろほろと崩れて見えなくなった。
「フンだな」
「フンですか」
「粉微塵になるのならまあ、よかろう。ひと安心だ」
そう言うと博士は何事もなかったかのように仕事に戻った。
それ以来、たびたび博士の頭から白いものが垂れて風に揺られているのを見る。蟲は元気なんだな、となぜかホッとするような気持ちがしている。




