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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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骨と旅する

骨と旅する

 ふと気づくとバスに乗っていた。私はいつバスになど乗ったのであろう。考えてみたがわからない。先程までなにをしていたのか、頭の中に紗がかかったようで何も思い出せない。

 腕時計を見ると秒針はぴたりと止まっている。窓の外には田圃が広がっていて遠くに雑木の林が見えた。

 コトコトコトとバスの揺れに会わせて音がする。車内を見回すと、後ろの席にガイコツが座っていた。

「やあ」

 ガイコツが口をきいた。

「いいバス日和ですな」

 あまりに驚いて声もでない私に構わず、ガイコツは喋り続けた。

「どうも、こう気候がいいと骨がゆるんでいけません。お耳障りでしたでしょう」

 私が首を横に振ると、ガイコツは顎の骨を鳴らしてコトコトコトと笑った。

「あなたもコトコトコトといっていますからなあ」

 なんのことだろうかと首をひねるとガイコツが私の胸を指差した。

「コトコトコト、コトコトコト」

 耳をすませば心臓の音が聞こえていた。

「コトコトコト、コトコトコト」

 ガイコツは機嫌良く笑う。

「そろそろあなたが降りる停留所ではありませんかな」

 白い骨の指が差す方、なるほど見覚えのある場所だ。

「では、ごきげんよう」

 ガイコツに見送られバスを降りた。すぐ目の前に杉木立、そこに一本の階段がずっと真っ直ぐ上っている。ふっと懐かしい香りがした。その香りに引きつけられるように、階段の一段目に足をかけた。


「あなた、いいかげんに起きないと夜眠れないわよ」

 目を開けると妻が私の腕を揺すっていた。台所では鍋がコトコトコトと音を立てている。昆布だしのいい匂いがする。今晩は精進料理だ。

 そうだ、あのバス停は昔、私が住んでいた家の前のものだった。急な階段を毎日上り下りした。高齢になった父にはきつかろうと、嫌がる父を半ばさらうように我が家に招いた。街に出てきた父は急激に老け、半年もせずに亡くなったのだ。

 もし夢の中、あの階段を上っていたなら会えただろうか、父に。

 仏壇に目をやると微笑んでいる父の写真がなぜか寂しげに見えた。父の三回忌の今日、あの家は取り壊された。階段を上っても、もうあの家に帰ることはできない。

 コトコトコト、コトコトコト。

 私が降りるべきバス停は、本当はあそこだったのだろうか。

「あなた、ご飯よ」

 コトコトコト、コトコトコト。

 鍋の音が止み、私は街の営みに戻った。

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