骨と旅する
骨と旅する
ふと気づくとバスに乗っていた。私はいつバスになど乗ったのであろう。考えてみたがわからない。先程までなにをしていたのか、頭の中に紗がかかったようで何も思い出せない。
腕時計を見ると秒針はぴたりと止まっている。窓の外には田圃が広がっていて遠くに雑木の林が見えた。
コトコトコトとバスの揺れに会わせて音がする。車内を見回すと、後ろの席にガイコツが座っていた。
「やあ」
ガイコツが口をきいた。
「いいバス日和ですな」
あまりに驚いて声もでない私に構わず、ガイコツは喋り続けた。
「どうも、こう気候がいいと骨がゆるんでいけません。お耳障りでしたでしょう」
私が首を横に振ると、ガイコツは顎の骨を鳴らしてコトコトコトと笑った。
「あなたもコトコトコトといっていますからなあ」
なんのことだろうかと首をひねるとガイコツが私の胸を指差した。
「コトコトコト、コトコトコト」
耳をすませば心臓の音が聞こえていた。
「コトコトコト、コトコトコト」
ガイコツは機嫌良く笑う。
「そろそろあなたが降りる停留所ではありませんかな」
白い骨の指が差す方、なるほど見覚えのある場所だ。
「では、ごきげんよう」
ガイコツに見送られバスを降りた。すぐ目の前に杉木立、そこに一本の階段がずっと真っ直ぐ上っている。ふっと懐かしい香りがした。その香りに引きつけられるように、階段の一段目に足をかけた。
「あなた、いいかげんに起きないと夜眠れないわよ」
目を開けると妻が私の腕を揺すっていた。台所では鍋がコトコトコトと音を立てている。昆布だしのいい匂いがする。今晩は精進料理だ。
そうだ、あのバス停は昔、私が住んでいた家の前のものだった。急な階段を毎日上り下りした。高齢になった父にはきつかろうと、嫌がる父を半ばさらうように我が家に招いた。街に出てきた父は急激に老け、半年もせずに亡くなったのだ。
もし夢の中、あの階段を上っていたなら会えただろうか、父に。
仏壇に目をやると微笑んでいる父の写真がなぜか寂しげに見えた。父の三回忌の今日、あの家は取り壊された。階段を上っても、もうあの家に帰ることはできない。
コトコトコト、コトコトコト。
私が降りるべきバス停は、本当はあそこだったのだろうか。
「あなた、ご飯よ」
コトコトコト、コトコトコト。
鍋の音が止み、私は街の営みに戻った。




