烏合の衆
烏合の衆
「ええい、ひかえおろう!」
突然聞こえた大声に、悪代官と廻船問屋・三笠屋はビクリと身をすくめた。あわや、悪事が露見したか、と貸し切った料亭の離れの中を見渡しても自分たち以外に誰もいない。
「このお方をどなたと心得る!」
誰かの科白はまだまだ続いている。廻船問屋が立ち上がり庭に続く障子を細く開けてみると、庭の前栽の向こうでいかにも悪そうな面構えの浪人達と、町人に身をやつしているつもりであろうが、いかにも腕が立つ侍とおぼしき二人が対峙していた。侍二人の後ろには白髭豊かな快活そうな老人が控えている。
「先の副将軍……」
廻船問屋はそうっと障子を閉めた。
「いったい何事だったのだ」
悪代官に問われ、廻船問屋は朗らかに言った。
「なに、悪が倒されるいつもの風景でございましたよ」
「それは痛快じゃな。どれワシも見てみようか」
「お代官様、おたわむれを。私どもも見つかればどうなりますやら」
「そうか、おぬしも悪だったのう、三笠屋よ」
「いえいえ、お代官様にはかないませぬ」
二人は声をそろえてワッハッハと豪快に笑う。
「それにしても、最近は正義の味方が増えすぎて、おちおち悪代官もやっておられんのう」
「さようでございますねえ。この部屋にもいつ正義が忍びこんでくるかと思うと……」
その時、天井からカタリと物音がした。
「なにやつ!」
悪代官がどこからか取りだした槍で天井を突くと天井裏から「にゃ~ん」という声がした。
「猫か……」
「では、安心したところでお代官様。いつもの、お代官様のお好きな黄金色の菓子を本日も持参しておりますゆえ、なにとぞお一つ」
「うむ。ワシはそれが好きでたまらんのだ。ハッハッハ」
三笠屋が風呂敷をとき漆塗りの箱を開けると、中にはぎっしりと大福もちが詰まっていた。
「な、これはなんとしたこと」
「三笠屋、貴様ワシを愚弄しておるのか!」
「め、めっそうもございません」
「あんたたちの悪事の証拠、確かに見せてもらったぜ」
「誰だ!?」
悪代官が叫ぶと、天井裏から黒装束に手拭を盗人結びにした若い男が飛びおりてきた。小脇にかかえている風呂敷包みからは小判がカチャカチャと立てる音が聞こえた。
「まさか、貴様は!」
「ネズミ小僧とは俺のことよ」
そう言うとネズミ小僧は庭に駆けだした。
「うぬ! 怪しいヤツ!」
庭では悪党と二人の侍の激闘が終わり、悪党たちが皆老人にひれ伏しているところだった。侍二人はネズミ小僧を取り押さえようと素早く動いた。
「へ、こいつはいけねえや」
ネズミ小僧が前栽を飛び越えようとしたところに銅銭が飛んできた。見事にネズミ小僧のスネに当たり、銅銭は地面に落ちた。
「いってえ! だれだ、出てこい!」
通りの向こうから十手を持った岡っぴきが走ってきた。
「げ、親分」
「ネズミ小僧、今日こそは観念しろい」
二方から追い立てられたネズミ小僧は風呂敷包みを投げ捨てて塀を飛び越えて逃げていった。
「いやあ、助かりました」
廻船問屋は手もみしながら風呂敷包みに近づくと、ひょいと抱え上げた。
「あんたは何ものでい」
岡っ引きに問われて廻船問屋はぺこぺこと頭を下げる。
「あたしは廻船問屋の三笠屋と申します。いやあ、ネズミ小僧に金子をひったくられて危ういところでした。親分方、どうもありがとうございました。これは少ないですが、どうぞ一つ取っておいて下さいまし」
廻船問屋は二人の侍の袖に粒銀を入れてやった。
「うむ。なかなか見どころのあるやつ。御老公もお気に召したと申されておる」
「ははあ、ありがたき幸せ」
「ところで、その金子は何用に持ち歩いておられたか」
廻船問屋は途端に慌てて座敷に逃げ込もうとした。その行く手を鬼の面をかぶった着流しの男がさえぎった。
「ひとーつ、人の世の生き血をすすり……」
「お、お前は!」
慌てる廻船問屋の背中を正義の味方達は「?」を顔に張り付けて見ている。
「ふたーつ、不埒な悪行三昧」
「お前は~~~~!」
「みっつ、醜い浮世の鬼を退治てくれよう」
「てーーい!」
廻船問屋が懐から匕首を取りだすと、鬼の面の男に切りかかった。男はするりと身をかわし、一閃、廻船問屋を切り捨てた。そのまま座敷に上がっていき、逃げようとする悪代官を背中からばっさり。
それを見ていた二人の侍が叫ぶ。
「後ろからとは卑怯なり! 何者だ、そこへなおれ!」
「そちらこそ何者だ。悪の廻船問屋から袖の下を受け取っていたようだが……。一味であるなら、切る!」
「てやんでい、悪の一味なら俺っちの出番よ。あんたは引っこんでてくんな」
「俺を止めるか。よかろう、おぬしも切り捨てよう」
正義の味方達は互いに一歩も譲らず睨みあい、今にも火花を散らそうとしていた。その隙に、案外、軽傷だった廻船問屋と悪代官はそーっとそーっと座敷から逃げていったのだった。




