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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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ちょっと待って、ダーリン!!

ちょっと待って、ダーリン!!

僕の彼女は怖がりだ。

お化け屋敷はもちろん、絶叫マシーンもムリ。

コーヒーカップは、まだわかるが、メリーゴーランドを怖いと言われたのには、まいった。

おかげで、遊園地デートは、園内をお散歩しただけで帰るハメになった。


そんな彼女が、初めて家に招待してくれた。

彼女は実家住まい。

つまり、今日、僕は、初めて、彼女のご両親に、挨拶する。


最寄り駅まで 彼女が迎えに来てくれるという。

僕は駅前で彼女に「今、ついたよ」とメールし、彼女を待った。

かなり、緊張している。

彼女の両親が厳しい人だったらどうしよう?

「まああ、奈央さん! なんなの、この青年は!? 奈央さんには、とてもふさわしくありませんよ!」

「そうだとも、奈央、君にはもっとしかるべき家柄の男性をパパが紹介しようじゃないか、ハッハッハ」

頭の中で架空のご両親が僕のことを全力で否定してくる。

いやいやいや。

弱気になるな! 僕! 奈央さんは、他でもない、僕を選んでくれたじゃないか!?


「お待たせしました!」


向こうから彼女が小走りにやってくる。

か、かわいい。

僕のために駆けてくる彼女がいとおしくて仕方ない!


「すみません! 出掛けに父に邪魔されてしまって……」

「え……!やっぱり、一人娘のボーイフレンドなんて歓迎できないって言う……」


「いいえ!! そんなことありません! 両親とも、誠也さんなら大歓迎です! 父が言っていたのは、その……私の服装が地味すぎて、彼氏にがっかりされるんじゃないかって……」


僕は奈央さんを頭のてっぺんからつま先までじっくり見た。

ペールピンクのタートルネックセーターにタータンチェックのミニスカート。茶色のタイツに茶色のブーツ。

完璧に、可愛い。

「め、めちゃくちゃ可愛いです……」


「ほんとですか!?」


彼女は、ぱっと笑顔で顔をあげる。ああ、その笑顔のためなら、僕はなんでもするよ!


「父が言うには、襟元が詰まった服なんて、言語道断だと…」


「え、そのタートルネック、すごく可愛いと思うけど」


「わあ! ほんとですか!? ありがとうございます! 父の嗜好は独特だから、私も半信半疑で……あ、すみません、長々と。うち、こちらです。まいりましょう」


奈央さんに従って、彼女の家へ向かう。

並んで歩きつつ僕は幸せを噛みしめた。こんなに可愛い女性が僕の彼女で、ほんとうにいいのだろうか!?


「そ、それにしても、お父さん、ちょっと変わってるよね。娘に露出をすすめるなんて……」


「ええ……。父は、ちょっと、その……一般的な嗜好とは違いまして……」


「へ、へぇ〜。まあ、人生いろいろですよね、ははは」


意味不明な相槌をうった僕に、奈央さんからの返事はない。

あまりにダメな言動で、嫌われてしまっただろうか!?


「あの!」


立ち止まって、奈央さんが大きな声を出す。


「はい!?」


びっくりした僕も思わず立ち止まる。な、なんだろう、やっぱり、僕のこと、いやになったとか!?


「あの……お話してなかったことがあるんです。私の家族ちょっと、変わってるんです……」


うつむき加減に言いにくそうに話す奈央さん。ああ、かわいい。


「いや、ちょっとくらい変わってたって、僕は気にしません! 奈央さんのご家族なら!」


「ほんとですか?」


見上げてくる奈央さんの目が、心なしか潤んでいる。かわいい。


「もちろんです! 矢でも鉄砲でも持って来い! ですよ! ははは」


奈央さんはニッコリと笑うと、歩き出した。か、かわいすぎる!


「よかったぁ……。今まで、おうちに来てくださったお友達は、皆さん、玄関で帰ってしまわれたから…」


「そうですか!玄関…で……。え?」


玄関で帰るって、そんなに変わってるのか?もしや、ゴミ屋敷とか!? いやいやいや。大丈夫。それでも、僕は大丈夫だ。奈央さんを、そんな家から外へ出してあげる。

なんなら、僕が大掃除して住みよい家にしてあげる。


「家庭訪問に来た先生も、2分で帰ってしまわれて…」

「に、にふん…ですか…」


いやいやいやいや。だいじょうぶ。まだ、大丈夫だ。担任が、潔癖症だっただけじゃないか!?僕なら大丈夫。シーツは7週間ろくすっぽ代えてないし、ゴミも2週間出しそびれて小蝿が飛んでるくらいだ。まだいける。それとも、もしや、親御さんになにか問題が……?


「新聞屋さんも集金に来てくれなくなったし、宅配便も門の前までしか運んでくれないんですよねぇ」

「あ……そうなんだ……」


なんだろう、なんだか、今すぐ、回れ右して帰りたくなってきた。


「でも! あなたなら! きっと父も気に入ってくれます!」


奈央さんは、満面の笑みで僕を見上げる。か、か、か、かわうぃーーーー!!


「はい!自信あります!きっと気に入られて見せます!!」


「わあ、良かった。あ、つきました。うちはここです」


奈央さんが指差す先、いばらが絡まる大きな鉄の門扉。


押し開けると、ぎぎぎぎぎぃいい〜と不吉な音をたてる。


中は一面のバラ園。


ただし、花は一輪もついていない。つぼみはたくさんあるのに。


そして、正面に、古びた洋館。


建築当時は瀟洒な建物だったのだろうけど、今は手入れもされずうち捨てられた様子だ。

まさか、人が住んでいるとは思えない。奈央さんに案内されたのでなければ、廃屋だと思っただろう。


「手入れが悪くて恥ずかしいです。業者さんをたのんでも、皆さん、すぐに帰ってしまわれるものだから……」


「あ、ああ、うん。そうなんだ。いや、ぜんぜん、ぜぜぜんぜんいいと思いますよ。風情があって」


僕は背中をつたい落ちる汗が止まらないことに気付いた。

なぜだろう。

春らしい陽気の昼下がりなのに、寒気がする。


「さ、どうぞ。いらっしゃいませ」


奈央さんが両開きの玄関を開ける。やはり、ぎぎぎぎぎぃぃ〜ぃ〜〜と不吉な音を立てて扉が開く。


玄関に一歩、入る。


そこだけ真冬のように、ひやりとした空気を感じ、鳥肌がたつ。

思わず、振り返るが、そこには奈央さんが、僕が抗すことの出来ない満面の笑みをたたえて立っている。


「ようこそ。いらっしゃいました」


部屋の奥から、ろうろうと響くバリトン。

僕は、その声に、心臓をつかまれたように、あやつられたかのように、振り向く。


蝋のように青白い肌、漆黒のスーツに身をつつんだ紳士が階段を下りてくる。


「さあ、どうぞ、中へ……遠慮はいりませんよ」


僕は、その声に抗うことができない。奈央の笑顔と同じだ。

僕を絡めとり、服従させる。

一歩、二歩。

僕は外へ駆け出したいのに、今すぐ駅へ向かって走りたいのに、足が言うことをきかず、家の中に踏み込んでしまう。


「あ、そうだわ、言い忘れていました」


僕はやっとの思いで、奈央のほうに首を向ける。


「私の父はバンパイアなんです。私はダンピール。ねえ、でも、そんなこと、どうでもいいでしょう?」


奈央がにっこりと笑う。

あれ?奈央は、こんなに八重歯が尖っていたっけ…?

まあ、いいか。そんなこと、どうでも…


「さあ、そんなところにいないで、奥へどうぞ…」


ほら、奈央のお父さんも呼んでいる………行こう………奥へ………


ぎぃぃぃぃぃいいぃ〜、ばたん。と、

扉が閉まる音が、どこか遠くで聞こえたような気がした……


「ねぇ、血液型はABのRh−だったわよね」


奈央の声がどこかから聞こえる。


僕はゆっくりうなずくと、うっとりと目を閉じた。

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