トーストくわえた美少女と町角で出会わない話
トーストくわえた美少女と町角で出会わない話
「だ、大丈夫ですか?」
急に角から飛び出してきた人物とぶつかった。その人物は尻餅をついた。
「いったぁい……、どこ見てるのさ!」
トーストくわえた小太りのおっさんに睨まれて、俺はカチンときた。
「そっちこそ、曲がり角から飛び出すなって幼稚園で教わらなかったのか」
「なにをー!?」
「いい年してモノを食いながら外をうろうろするな」
「感じわっるい! もういい! 時間の無駄!」
わめくだけわめいて、おっさんはバタバタと起き上がり走っていった。道に落ちたトーストもしっかり持っていった。まさかまだ食べるわけじゃなかろうな。
ぼんやりとおっさんの後ろ姿を眺めながら、これが美少女との出会いならば恋が芽生えるかもしれないシチュエーションなのに、と非常に残念に思う。しかし、そんな漫画みたいな出会いは一般道には落ちていないらしい。
ところが、それから漫画みたいな出会いが頻出する。行くところ行くところで小太りのおっさんと出会うのだ。
本屋で同じ本に手を伸ばす。カツアゲにあってる人を助けたら、おっさんだ。痴漢にあってる人を助けたら、おっさんだ。突進してきた牛からかばうとおっさんだ。
「あんた! どれだけヒロイン体質なんだよ!」
暴れ牛を押さえつけたまま思わず叫んだ俺を、おっさんはキッとにらんだ。
「はあ!? なに訳の分からないこと言ってるのさ。僕は普通の体質だよ!」
「そんなわけあるか! あんたがへんな事件を引き寄せてるんだろうが!」
おっさんは言葉につまり、下を向いて小石を蹴るアクションをしてみせた。
「そりゃ、僕だって普通の人がしないような体験をしてるなって思ったことはあるよ。でも、仕方ないじゃない。僕の普通は、こんなんなんだもん」
おっさんはそう言うとポケットからツチノコを取り出してみせた。俺が唖然としている間にツチノコはにょろにょろとどこかへ消えてしまった。
「気づけばポケットにUMAが忍び込んでるんだよ? こんな人生、もう嫌だよ……」
おっさんが涙を浮かべるのを見て、俺はかわいそうになってきた。おっさんの頭に手をぽんと乗せた。
「まあ、人生、生きてりゃなんかいいことあるさ」
おっさんはうるんだ瞳で俺を見上げた。
「そうかな」
「ああ、絶対だ」
おっさんは、はにかんだ笑顔を俺に向けた。
「えへ、そう言えば、今日はいいことあったや」
「へえ、なに?」
「君に会えた」
ぞわっ、と背中に鳥肌がたった。
「いつも言おうと思ってて言えなかったことがあるんだ」
「……なに?」
おっさんは輝くような笑顔で答えた。
「ありがとう」
俺の背中のサブイボはとどまるところを知らず全身に広がっていく。
「君と会えると、なんだろう。心の中が温かくなるんだ。ねえ」
おっさんが上目づかいで俺を見上げる。
「友達に……なってくれない?」
「いやだ」
きっぱりと言い切る俺におっさんはすがりつく勢いで言葉を継ぐ。
「そんな冷たいこと言わないで。これはさ、きっと運命の出会いだよ! 行くとこ行くところ君と出会うっていうのはもう、偶然じゃない。君と僕とは運命の赤い糸で……」
「シャラップ!」
俺は叫ぶと後ろも見ずに駆けだした。
「おーい、どこに行くのさ」
返事なんかするものか。俺は全身全霊をかけて走った。
小さな交差点を走り過ぎようとした時、誰かとぶつかった。相手はすてんと転がった。
「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけねえだろ、ボケぇ!」
道にすっ転がったのはトーストをくわえた、いかにもカタギではなさそうな紫色のシャツを着たサングラスの男だった。どうやら俺の運命はトースト男と深く繋がっているらしい。
新たなトースト男はなぜか頬を赤くして俺を見上げ、背後からは小太りなおっさんが息を切らして駆けてくる。ああ、だれかこの世からトーストを消し去ってくれ……。
もちろんそんな願いがかなうわけはなく、俺はトースト男共に前後を挟まれサンドイッチにされたのだった。




