うらめしや
うらめしや
幽霊のバイトは思いのほか割りが良い。客が来るまでは座っているだけだし、冷暖房完備だし、眠ってしまわないようにするのが大変だ。
今日も俺が幽霊の衣装のままうとうとしていると、お化け屋敷の入り口の方から女性の叫び声が聞こえた。井戸の中で中腰になりスタンバイ。女性の叫び声は間断なく響く。よっぽど怖がりなんだろう。腕が鳴る。
女性の足音を合図に立ち上がり、胸の前で手を垂らす。
「きゃあああ!」
こちらがびっくりするほどの叫び声を上げ、女性はひっくり返った。慌てて井戸から出て、女性の脈を確かめる。良かった。心臓は止まっていない。
しかしどうしよう、気絶した人の介抱の仕方がわからない。とにかく人を呼ぼうと出口へ走った。
「女性の客?」
お化け屋敷の出口と入り口は銭湯の玄関のように、横並びに並んでいる。出口入り口それぞれの係員は首をひねった。
「今、客は入ってないはずだが……」
いぶかりつつも出口側の係員が一緒に中に入ってくれた。出口から逆回りにお化け屋敷をすすむ。
井戸のそばまで行ったが、女性の姿はない。そのまま歩き続け入り口にたどりついた。入り口の係員が言う。
「いや、女性の客は出てきていないぞ」
ぞっと背中に冷たいものが走る。誰も見ていない女性。忽然と消えてしまった女性。考えると震えが来る。
「まさか……本物?」
「馬鹿言うな。ここに勤めて三年、そんなことはなかったぞ」
入り口の係員の長いのか短いのか判断に困る勤務歴を聞きながらも、腕の鳥肌はおさまらない。
万が一、客が中で迷子になっていたら大変だという雇い主の判断で、お化け屋敷は一時閉鎖、明かりをつけて探索することになった。
お化けたちがそれぞれの持ち場を隅から隅まで探す。井戸の周り、発泡スチロール製の柳の影、どこにも女性はいない。やはり本物……。
「なあ、女性ってこれ?」
フランケンシュタインが抱えてきたのは、探しているその女性だった。
「そう! その人!」
「あのな、これは風船。今日から導入されるって聞いてないか?」
「あ……」
確かに聞いた。風船の人形が天井のレールに沿って巡回するって。
「でも、叫び声が」
フランケンシュタインは人形の腹をぎゅうっと押した。女性の叫びのような音がする。
「ガス漏れだ」
一気に力が抜けた。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」って、こういう時に言うんだな。明るい場所で見た人形はちっとも恐くなかった。
……と、思ったのも束の間。お化け人形は本当は恐ろしいということが分かった。
この一件で風船人形の恐怖が歴然としたので、お化け屋敷のオーナーは人形を増やすことにした。けれどお化けの数はかわらない。
俺はバイトを首になった。




