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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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ねずみの年越し

ねずみの年越し

 昔昔、清水の荘に甚八という男がいた。甚八には生まれた時から親が居ず、庄屋の家の乳母から乳をもらって育てられた。四歳からは奉公人として庄屋の家で働いた。

 働くといっても四歳の童子にできる仕事など、そうはない。草むしりや下駄の泥落とし、猫の蚤取り、同い年の庄屋の娘のお守りなどして暮らした。七歳からは本格的に仕事を与えられ、田仕事の手伝いや掃除など、こまごまと働いた。

 庄屋の家は存外のんびりとした家風で、奉公人もみな親切だったから、甚八はのびのびと成長し、背丈もぐんと伸びた。丈高い甚八は神棚の掃除もまかされて、祀られている大黒の木像の埃を毎日はらい、時には磨いた。

「甚八が掃除をするようになってから神棚が明るくなった」

 庄屋に誉められ、甚八はなおいっそう気を入れて神棚に向かった。

 ある年の暮れも押し迫ったころのこと。家内は大掃除に追われていた。甚八はやはり高いところ、梁や桟、欄間の掃除をまかされた。台所の天袋の奥を拭いていると、どこからか白ねずみがひょっこりと現れた。常ならば捕らえて始末してしまうのだが、そのねずみのあまりの愛らしさに甚八は手を伸ばし、ねずみを鷲掴むと懐にしのばせた。

 ねずみは何を思ったか、甚八の着物の中でじっと大人しくしている。掃除が終わり、夜の戸締まりも終え、奉公人が夜食を食べている席で、甚八はこっそりと茶漬けの飯をとり懐に入れた。ねずみは甚八の手から飯を食うと、また静かに座り込んだ。

 食事のたびに甚八はねずみに飯を分け与えた。ねずみは飯を食うと、またじっとうずくまる。甚八は腹に当たるねずみのひげのくすぐったさに頬を緩ませながらねずみを飼った。

 正月は奉公人も家に戻るので、晦日の晩は家内ががらんとして、もの寂しい。家のない甚八は庄屋の家で大晦日も元日も共に過ごす。その二日だけは、甚八も座敷に呼ばれ、庄屋の家族と膳を並べる。熱い年越しの蕎麦をすすりながら、甚八は家族の目を盗み蕎麦を一本、懐に入れた。

「甚八、懐になにを入れたの?」

 庄屋の娘が首をかしげてたずねた。甚八は慌てて懐から手を出した。

「な、なにも入れてません。蕎麦が熱くて胸元がやけどしていないか確かめたのです」

 汗をたらたら流しながら言い訳をする甚八に庄屋が笑いながら話しかけた。

「喉元過ぎれば熱さ忘れるというくらいだ。大丈夫だっただろう」

 甚八は恥ずかしそうに笑うと、残りの蕎麦を一息にすすりこんだ。

 その夜、奉公人部屋に一人の甚八は、懐のねずみを取り出して部屋の中を駆けさせてやった。ねずみは喜んであちらこちらと走り回る。愛らしいねずみの姿を見ながら、甚八はうとうとと寝入ってしまった。

 目覚めるとねずみの姿が消えていた。あわてて部屋の隅々、布団の中まで探したがねずみはどこにもいない。部屋を出て、寝静まった家内をそっと歩いて探す。台所に足を向けると、おせちのお重の上にねずみが立って舞を待っている。甚八は驚いてぴたりと動けなくなった。どこからか、もう一匹、白ねずみが出てきて舞に加わった。それは見事な舞姿、甚八は目を奪われた。

 二匹は舞いながらお重から降りて廊下へ向かう。甚八もついていく。進むたびに、ねずみはどんどん大きくなり、天井に頭がついた。大きくなるごとに体は透けて壁をすり抜けていく。そのまままだまだ大きくなり、とうとう尻尾と足だけしか見えなくなった。

 甚八は外へ飛び出すと天を仰いだ。ねずみたちは今や月にも届こうかというほどに大きくなり、透けた体の向こうに大きな大きな大黒様が打出の小槌を振っていた。

 ふと気づくと甚八は布団に入っていた。なんだ、夢かと起き上がると廊下を駆けてくる音がした。

「甚八!お重が大変なの!」

 庄屋の娘に手を引かれ台所に踏みいると、庄屋とその妻がお重をのぞきこみ茫然と立ち尽くしている。さてはねずみが盗み食いしていたか、ねずみ飼いがばれたかと、甚八は腹を決めた。

 ところが、主も細君も甚八には構わず、お重の中をのぞいていた。

「旦那さん、おかみさん?」

 甚八が呼ぶと二人は振り返り、その顔はだんだんと笑みくずれていった。

「なにがあったんです?」

 庄屋が甚八を手招くので近づいて、お重の中を見てみると、そこにあるはずのおせちはなく、小判がぎっしりと詰まっていた。みんな驚きすぎて言葉もない。庄屋が小判を数えてみると八十八枚。除夜の鐘と同じだけ。これは大黒さまのくださりものだと、とにもかくにも神棚に手をあわせようと若水をとり皆で神棚へ向かった。

「あっ! ねずみ!」

 神棚に、白ねずみが二匹ちょんと座っている。

「ああ、甚八にはまだ見せていなかったか。いい出来だろう。木彫りだよ」

 近くに寄ってよく見ると、たしかにねずみは木製で、赤い目は石が嵌め込まれていた。そして二匹のねずみの口元には栗きんとんの食べかすがぺたりぺたりとくっついていた。甚八は昨夜見たのは夢ではなかったのかと頬をつねりたい思いになった。

 さて、ねずみにおせちを食べ尽くされた庄屋たちは年始から蕎麦を食べることになった。それは毎年のしきたりになり、大黒さまにだけは新年になると栗きんとんをさしあげた。ねずみたちは満足したのか、もう二度と甚八の懐に戻ってくることはなかった。

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