キョンシー
キョンシー
悪夢の中に迷いこんで抜け出せない日々が続いていた。カーテンを閉めきった薄暗い部屋で、浴槽に墓場の土をタオの後頭部にうち下ろしたスコップでついでいく。三分の一ほどうまったらタオのほっそりした体を寝かせる。
かわいい、かわいいタオ。目を開けてくれなくなってもう三日になる。後頭部にべったりと張り付いた血液は乾いてポロポロ落ちる。その血も余さず拾っては浴槽に入れる。母はしばらくタオの頬を撫でていたが、夕暮れ過ぎて部屋がますます暗くなっていくのに気づき、作業を再開した。
スコップは、もう使わない。タオの体に両手ですくった土をそっとかけていく。足元から、そうっと、そうっと。タオが痛くないように優しく優しく。
タオの顔だけが土の中からのぞいている。もう一度頬を撫でて、土をかぶせた。
土の上に、濃紫の玉を黒い緒で繋いである八卦鏡を乗せる。暗い天井を映しているだけなはずなのに、八卦鏡は底無しに深い穴蔵のようだった。
一週間。タオの顔を見られなくなってからの時間は息をするのも辛かった。まるで火を吸い込んでいるかのように、土に埋められたかのように。浴槽にしがみついて、その時を待った。
定められた時間が過ぎた。投げ捨てるように八卦鏡を退かし、手で土をかきわける。タオの顔が見えた。あとは夢中で土をかき、土の中からタオを引っ張り出した。土だらけのまま抱き締める。タオの体は冷えきって青ざめていた。タオの首に八卦鏡をかけ、口に人骨と鉛を砕いた粉を流し込む。
びくり、とタオの体が跳ねる。ぎゅっと抱き締めたまま床に伏せる。びくり、びくりと動きは次第に大きくなり、必死に押さえつけていないと弾き飛ばされそうだった。
どれだけの時間、そうしていたのか、ふいにタオの動きが止まった。そっと顔をのぞきこむと、タオは目をカッと見開いていた。その目はとかげのように瞳孔が縦に割れ、ぬらぬらと油のように光っている。
タオの目がギロリと動き、母の姿を捉えた。母の体を撥ねのけ、タオは飛び起きた。四つん這いで身を低くして母を睨み据えている。
「どうしたの、タオ。母さんがわからないの?」
困惑した母をタオは歯を剥き出して威嚇する。その首にかけてある八卦鏡に玉がついていないことに気づき、母はあたりを見回した。玉は壁際に転がっている。伸ばした手にタオが食いついた。母は声にならない叫びをあげる。腕の肉を食いちぎられ、床に倒れてのたうち回る。タオは母の首に食い付き、食い破った。血が噴き出し、タオの頭から全身を濡らした。はた、とタオの動きが止まる。瞳孔が丸く大きくなる。力が抜けたようにへたりと床にしりもちをついた。
「……かあさん?」
喉からしとどに血を流している母にすがりつく。
「かあさん、ああ、どうしよう! かあさんが……。私のせいで!」
部屋に隣の家の老人が入ってきた。足音もなく、影もない
「生き返らせようか」
タオは老人にすがりつく。
「お願い! かあさんを助けて!」
老人はタオの首から八卦鏡をはずして玉を元の通りに結びつけ、手渡した。
「墓場の土と暗闇、一週間の時をかける。それと8万ウォン」
「いくらでもあげる! お金ならいくらでも!」
タオは箪笥の引き出しから通帳を取り出すと老人に押し付けた。
8万ウォン、8万ウォン、8万ウォン……。もう何度もその金が引き出されていることを、タオは覚えてはいなかった。




