バスに揺られて
バスに揺られて
「バス停来た時に夕焼けが見えると、あー、夏がきたなーって思うわ」
仕事終わりに一緒になった堺さんと並んでバス停に向かっている。僕は目を細めて眩しい空を見上げた。夕焼け空に飛行機雲が伸びているのに気づいた。
「夏って言うにはまだ涼しくないですか?」
「夏は暑い、っていうのは現代人の思い込みよ。太陰暦で暮らしていた時代には夏至から夏が始まったわけでしょ。日本人の魂には六月は夏だと刻み込まれてるのよ」
「魂ですか」
「刻み込まれてるでしょ」
堺さんが胸をドン!と叩いてみせた。なんとも男らしい。
「それになによりの証拠はビアガーデンよ」
「証拠ですか」
「夏の風物詩、ビアガーデンは五月末から始まるでしょ」
「そう言われれば」
夕焼けはどんどん地面に吸い込まれ、空の上から夜が降ってくる。道行く車のヘッドライトがぽつりぽつりと灯っていく。バス停には僕達以外に人はいない。
「夏を満喫しに行こうか」
堺さんの言葉に僕は首をひねる。
「ビアガーデンにいくんですか?」
「いやあね、風情がない。ホタル狩り、いかない?」
いつのまにか空はツユクサのような青になっていた。眩しいヘッドライトをつけたバスが、すうっとやって来た。見慣れない番号だ。
「ホタル狩り専用路線、今日から開通なのよ」
堺さんは迷うことなくバスに乗る。くるりと振り返った堺さんのスカートがひらりと翻り、涼しい風を感じさせた。
「行く?」
僕は誘われるままバスに乗った。バスは暗くなりつつある街を抜けていく。半分だけの月が行く手に見える。夏至の頃には満月だろう。
「今年は何回ビアガーデンに行けるかなあ」
堺さんが、あまり風流でないことを言う。
「夏至の日に行きましょう」
「いいねえ」
約束を重ねて僕達はどこまで行くだろう。堺さんの横顔をそっと盗み見る。堺さんの笑顔は、はじける夏の香りがする。この夏が長く続くことを願いながら、僕達は夏の真ん中に向かって進んでいった。




