枕語り
枕語り
「枕の選び方で、人生の半分が決まるらしいよ」
そう言ったのは大学時代の同級生で、当時、枕無しで寝ていた俺は鼻先で笑いたいのを必死でこらえ、いかにも感銘を受けたフリをした。彼女が俺に好意を持っていることを知っていたからだ。俺達は三度、枕を共にし、三度、俺の頬に彼女の手形がつき、俺は枕を代えた。
スーパーで買った安物のそば殻枕は寝返りをうつたびシャラシャラと奥歯で砂を噛んだ時のような音をたて、とても安眠できそうになかったが、朝起きるといつ寝たのかもわからないほど熟睡していたと気づく。安物のくせにすごいやつだ。
人生の半分が枕で決まるのなら、俺はそば殻枕と出会って幸せに決まっただろうか、それとも不幸だろうか。
彼女の言葉(枕の選び方で、人生の半分が決まるらしいよ)の間違いに気づいたのは就職してすぐのこと。「人間は人生の三分の一を寝て過ごすそうだ」。そう言った上司は言葉を続けた。
「だから俺と三分の一日だけ共に過ごさないか」
俺はごめん被り、そば殻枕に顔を埋めるために家に帰った。そして次の日から俺の仕事はなくなった。
会社へ行くことは行き、することもなく窓際でぼんやりと空を見上げた。まるでそば殻枕のような雲が浮かんでいる。
席を立ち上司のデスクに近づく。上司は何かを期待した目で俺を見上げる。
「帰ります」
「え?」
「明日から来ません」
「え?」
エレベータに飛び乗ってビルの外に出た。はや歩きで家に帰った。扉を閉めると敷きっぱなしの布団にダイブ。そば殻枕に顔を埋めた。なんとなくソバの香りがするような気がする。人生の三分の一を有意義に過ごすため、俺は目をつぶった。
新しい仕事は見つからず、治験のバイトを始めた。健康な二十代男性は治験の世界では引っ張り凧で、食うには困らない。よくわからない薬を飲んで採血を受けて、あとは病院のベッドで寝ているだけ。病院の枕は立派過ぎてどうも居心地が悪かった。
治験が終わりそば殻枕に顔を埋め、家に帰った喜びを噛み締めた。上司の言った通り人生の三分の一を有意義に過ごすためには枕は重要なのかもしれない。
新しい枕を買った。高級羽毛枕。寝てみたが、どうも安眠できなかった。俺にはそば殻枕が最高なようだと気づいた。安物でも人生の三分の一を共にする大事な相棒だ、愛してやろう。
そう思って洗ってみた。洗濯機の中がそば殻まみれになり、枕は三分の一ほどの薄さになった。枕を敷いているのか、枕無しで寝ているのか分からないくらいの薄いそば殻枕は、それでも大事な相棒だと抱き締めた。サラサラと砂がこぼれるような音がして、そば殻があふれた。
「枕の選び方で、人生の半分が決まるらしいよ」と言った彼女の言葉が正しいならば、きっと俺の人生は、そば殻のようにこの手をすり抜けていくのだろう。俺はそれでもそば殻枕で眠ることにして、洗濯機の掃除を始めた。




