朝泣き烏
朝泣き烏
ニコが聞く。
「なんで烏は朝だけ鳴くの?」
ライが答える。
「烏はいつも鳴いている」
ニコが聞く。
「なんで烏の声は聞こえないの?」
ライが答える。
「街の音が大きすぎて、いくら鳴いても聞こえない」
ニコはライが拾った。ゴミ捨て場に落ちていた。オイルで汚れたシーツにくるまれて。
ゴミ捨てのルールは簡単だ。人の目に直接触れなければ何を捨ててもかまわない。何を拾ってもかまわない。
ゴミ捨て場は街の中心にある。誰でもゴミを捨てやすいように。大きな深い穴だ。
ライはニコに水を与えた。
「どうしてあなたは」
「ライだ」
「ライ。どうしてライは私をぶたないの?」
「ニコはどうしてぶたれた」
「アンドロイドだから」
ライは黙って立ち上がる。ニコはシーツをまとわりつかせたままライについていく。シーツは色々なものに引っ掛かった。オイルの空き缶、スクラップになった車、動かない古いアンドロイド。ゴミ捨て場はスクラップで溢れかえる。
「私もスクラップになるの?」
「捨てたものをわざわざ潰しに来るやつはいない」
ニコは笑顔になる。ライは油がきれて動かない顔でニコを見つめる。ニコはいつでもライに笑いかけた。
「烏が飛んでいくわ」
ニコが空を指す。ライは軋む首を空に向ける。朝の灰色の空を烏は街に向かって飛ぶ。
ニコが聞く。
「なんで烏は街へ行くの?」
ライが答える。
「餌を探しに行くんだ」
「なんで烏は餌を探すの?」
「餌がないと死んでしまうんだ」
「ここにはなんだってあるのに、餌はないの?」
ライは軋む腕を伸ばしてニコの頭を撫でる。
「烏はオイルでは生きていけないんだ」
ニコはライに笑いかける。
ニコとライはゴミ捨て場の隅に居着いた。街から降ってくるゴミに潰されないように物陰に隠れた。
昼となく夜となくゴミは降ってくる。朝だけは街がやっと寝静まる。暗い朝の中ニコとライはゴミ捨て場をさまよう。
ニコが聞く。
「ライはオイルがないと動けないの?」
ライが答える。
「ニコが水を飲まないと動けないのと同じだ」
ニコは嬉しそうに笑う。
「おそろいね」
ライの顔の継ぎ目がキシリと軋む。
街からゴミ捨て場にミサイルが捨てられた。臨界をむかえていたゴミ捨て場は一瞬で粉々になった。
ニコが頭だけになった姿で聞く。
「烏の声が聞こえた?」
スクラップになったライが残った足を軋ませた。
烏の声は聞こえない。朝になっても朝はこない。
ゴミの燃えかすが吹き上がり空は真っ黒だ。烏が飛んでも姿も見えない。
「ねえ、ライ。烏は泣いた?」
ライの足は軋んで止まった。




