にゅうよーく
にゅうよーく
「風呂ってぇのは尻に噛みつくほど熱くなくっちゃいけねえよ」
主人が落語にかぶれた。寄席に通うところから始まって、落語蘊蓄を語ってみせ、名人のDVDを買い漁り、江戸弁を真似しているらしいみょうな喋り方をつづけている。非常にうっとうしい。
「ねえ、いい加減にやめてくれない、その喋り方」
「なに言ってやがる。俺は産まれた時からチャキチャキの江戸っ子でい。江戸っ子なら江戸訛りが当然だろ」
「江戸っ子は『だろ』なんて言わないでしょ」
「う……ちょ、ちょっと間違っただけでい」
「江戸っ子なら『ちょっと』じゃなくて『ちいっとばっか』じゃないの?」
「う、うるせえ!このおかちめんこ!」
「なによ!あんたなんか宿六のくせに!」
「文句言う時だけ落語調になるんじゃねぇ!」
「江戸弁だってあたしの方が上出来だよ」
「うるせえ!もういい、もうお前とは口をきかねえ!」
そういうと宿六は足音高く部屋を出ていった。短期なところは本当に江戸っ子みたいだ。しかたない、今日は宿六のために尻に噛みつく風呂にしてやろうじゃないか。
「お、今日の風呂は緑か。このにおいはバスクリンだな。ちらっと湯をかけて、ってあつ!熱い!やけどするかと思った。ふー、ふー。いやいや、江戸っ子たるもの、このくらいの熱さで怯んだとあっちゃあ男がすたる。入ってやらあ!いた!いたあ!尻になんかが噛みついた!……なんだこりゃ、ワニワニパニックじゃねえか。パーティゲームにうってつけのな、手をワニがガブッと噛んでくるやつだろ。なんで風呂に浸かってるんだよ!」
「おい!おかちめんこ!」
「なによ、うるさいね」
「このワニワニパニックはなんだ!」
「よかっただろ、尻にガブッと噛みついて」
「噛みつくほどの風呂って、こんなんじゃないから!」
「じゃあなにさ」
「あっつーい湯っていう隠喩だろ!」
「あらまあ、隠喩だったの」
「当たり前だ」
「あたしはてっきり、いい湯だと思ってたわ」
「……お後がよろしいようで」
宿六はしょんぼりとワニワニパニックを見つめて呟いた。




