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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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歯車

歯車

 矢口は昼休みの過ごし方がわからない。会社に勤めはじめてから四十年近く、毎日困惑のうちに昼休みを過ごしていた。広くなった額を撫でながら今日もよるべない思いでいる。

 昼飯は長くかけても十五分で終わってしまう。昼休みは六十分もあるというのに。外食にして料理が出てくるまでの時間で暇を埋めようと思っても長くて三十分。しかも提供に時間がかかる料理は大概高い。財布の都合がつかないので月一度のとっておきの逃げ場所になっている。

 矢口は今日も十五分で昼食を終え、途方にくれて公園のベンチに座っていた。ただただぼーっとする。読書は好きではない。機械は苦手でケータイは電話専用だ。昼寝をすれば夜眠れず、休憩時間に仕事をすると上司から「ちゃんと休め」と叱られる。どうにもこうにもしようがなかった。

 じっとベンチに座っていると鳩が寄ってくる。エサでもやりたいが、鳩の糞害緩和のために公園でのエサやりは禁止だ。世の中、変わったものだ。じっと鳩と見つめあう。鳩はエサをくれないとわかると、ぷいと目をそらし矢口から離れていった。鳩でさえ矢口の暇潰しの相手はしてくれない。ため息をついて、いつも通り腕時計を眺める。

 一秒一秒、秒針が動いていくのをただ見つめる。腕時計に意識を集中していると、車の音や人の話し声の奥からぜんまいが回る音が聞こえる気がした。秒針のカッチカッチと確かに聞こえる音の裏からその音は響いて、矢口の腕では感じることもできないほど小さな小さな振動を伝える。

 一、二、三、四、秒針を追って時を数える。五十八、五十九、六十。そしてまた、一。ふと矢口は顔を上げた。定年が近い、六十まであと少しだ。一から数えてぐるり一回り。若い頃は定年になれば仕事をやめてのびのびできるものと思っていたが、今の時代、年金だけでは暮らしていけない。嘱託で五年、そのあともいつまで働けばいいのか見当もつかない。

 再びため息をつこうとして、ふと息を止めた。時計の針が昼休みの終わりを告げていた。やれやれ、やっと机の前に戻れる。膝に手をつき立ち上がり、腰を伸ばす。何もしないでいるのも疲れるものだ。

「そうだな。仕事をしないでいるのも疲れるものだよな」

 矢口は両腕をぜんまいみたいにぐるぐる回して気合いをいれて歩き出した。

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