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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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足る

足る


「お弁当が美味しくて、空が青くて、あしたは休みで。これ以上幸せなことはないなあ」

 洋は機嫌よく空を仰ぐ。俺は思いきり顔をしかめてみせる。

「洋はいいだろうよ。俺なんか明日は補習に来なきゃなんないんだぞ、休みなのに」

 洋は俺の言葉なんか気にもとめずに弁当箱から卵焼きを引っ張り出している。

「要は自業自得だろ、テストの間に寝るって意味わかんねーし」

 杜夫は紙パックの牛乳をずずずと飲み干してストローを俺の顔に向ける。

「うるさいな、眠かったんだから仕方ないだろ」

「徹夜で勉強してテストで寝ていたら意味がないよね」

「いいだろ!洋はだまって卵焼き食っとけ」

 手足を伸ばしてごろりと寝転ぶ。屋上には俺たちしかいなくて空は洋がいう通りに青くて腹は満ちて、確かにこれ以上ない昼休みだ。初夏のさわやかな風がシャツの裾をはためかせる。杜夫も並んで寝転がる。

「あー、このまま寝ちまいてえなあ」

「次、さぼるかあ」

「ダメだよ、またミズ・後藤に叱られるよ」

「いいじゃん、オールドミズだってたまには怒ってイライラを発奮させた方がお肌にいいだろ」

「怒るのは体に悪いよお」

「だいじょうぶだろ、美容は爆発だって言ったメイクアップアーティストがいたじゃないか」

 洋は弁当箱を風呂敷にきれいに包んでカバンにしまった。空を見上げて猫みたいに笑う。

「いーい天気だねえ」

「バカみたいにな」

 杜夫があくびしながら言う。

「俺、寝るわ」

「だめだよお。怒られるよお」

「俺も寝る」

 俺と杜夫が目をつぶると洋はカバンをガサゴソいわせて立ち上がった。

「もう、それじゃ置いていくよ」

「おー」

「勉強頑張れな」

「ほんとに置いていくよ」

 ……

「ほんとだからね」

 ……

「ほんとだよ」

 洋の声がだんだん遠ざかったと思ったら、駆けてくる足音が聞こえて、俺と杜夫の間に洋がぐいぐいと割り込んできた。

「なんだよ、洋」

「やっぱり僕も寝る」

「なんで俺達とくっつくんだよ。広々使えよ、広い屋上を」

「だって先生がきて怒られたら恐いもん。二人が先に怒られてよ」

「後も先もないだろ」

 チャイムがなって、教室では授業が始まっただろう。満腹で居眠りするやつがいっぱいいるにちがいない。窮屈に体をまげて教科書の陰にかくれて。俺たちは悠々と手足を伸ばし昼寝する。

「狭いぞ、洋」

「向こう行け、洋」

「やだよお」

 ぎゅうぎゅうとおしくらまんじゅうのようにくっついて俺たちは幸せな午後に浸った。

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