由香と夫の失せもの探し
由香と夫の失せもの探し
「あれ?あれ、どこにやったっけ」
リビングから聞こえてきた夫の声に、天ぷらを上げている由香は声だけを返す。
「あれってなあにー?」
「ほら、あれだよ、あれ。えーと、どこに置いたかなあ」
「爪切りならテレビの戸棚の下から二番目ー」
「いや、爪切りじゃなくて」
「クーラーのリモコンなら本棚のカゴの中ー」
「そういうんじゃなくてさ、あれだよ、あれ」
夫のしつこい質問に溜め息をつきながら由香はコンロの火を止めた。
「もう、なにを探してるの?」
リビングに行ってみると夫はソファにだらりと寝転がったままで、何かを探しているそぶりは微塵も見えなかった。
「探し物は見つかったの?」
由香が聞くと夫はだるそうに首を横に降る。
「見つからん」
「見つからんって、探してないからじゃない。なにしてるのよ」
「探してるよ、俺の中で」
「だから、なにを」
「やる気……」
熱処の動物園のシロクマのような夫の尻を叩いて由香はむりやり夫をソファから引きはがす。
「お風呂掃除して」
「えー……」
「体を動かせばやる気は湧くの。ほら、行ってきて」
夫はもう一度由香に尻を叩かれ、いやいや風呂場に向かった。由香が台所に戻り天ぷらの続きを揚げはじめたころ風呂場からは夫の鼻歌が聞こえ出した。由香はその鼻歌に合わせて歌いながらキスの天ぷらを揚げ終わった。
「ごはんよー」
「もうちょっとー」
風呂場を覗いてみると夫は壁のカビ取りを始めていた。
「やる気出過ぎ。天ぷら冷めちゃうよ」
夫は由香の言葉にうなずきながら、しかし手を止める気配はない。由香はあきらめて天ぷらは天丼にすることにして出汁を取りに台所に戻った。




