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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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松が枝

松が枝

 鬱蒼とした山というものを拓海は始めて体験していた。高校の遠足で上った阿蘇山に森はなかったし、小学校の遠足で行った油山はきれいに舗装された道と手入れされた雑木林だった。

 この山はなんという山だろう。パトカーから逃げるためにめちゃくちゃに走ってきたので自分がどこにいるかもわからない。未舗装の道を、大きな石を踏まないように注意して進む。それでもガタガタと車は不快に揺れる。

 警官に見つかるなんてなんてマヌケだ。拓海はタバコに大きなライターで火をつける。しかも今日はまだ炎を見ていない。このままじゃ眠れやしない。早く山を抜けて火をつけないと。そろそろゴミに火をつけるのにも飽きたし、なにか大きなものを燃やしたいところだが……。

 道の両脇から車に覆い被さるように木がせりだしている。道があるということはどこかには繋がっているのだろう。しかし木々に遮られて空も見えず、ヘッドライトの小さな世界だけを見て走っていると、外の世界から忘れ去られたかのような不安な気持ちになる。気をまぎらそうとラジオのスイッチを入れたが雑音がするばかりで、すぐに切った。

 窓に迫る枝を見ても何の木かわからない。唯一、知っているのは松だった。等間隔に松が見えると知人に会ったかのように少しだけ心強くなる。

 松がある。しばらく進む。松がある。しばらく進む。松がある。しばらく進む……。

 ふと不安になった。先ほどから見ている松がみんな同じ松に見える。枝振りや木肌の色合いも同じに見える。そろそろとスピードを落とし松の前で停まる。窓から手を伸ばして松の枝に触る。ごつごつした樹皮を爪で引っ掻いてみるがかなり固い。ライターで枝の一部に焦げ目をつけた。

 また車を走らせる。しばらく行くとまた松がある。そろそろと停まって枝を見ると、焼け焦げたあとがある。ぞっとして急いで車のスピードをあげた。また松がある。やはり焼け焦げたあとがある。さらにスピードをあげる。もう松の樹皮を確認することもできないほどの速さで進み続ける。いつまでもいつまでも進み続ける。

 ふと気づく。松の枝から煙が出ていた。しばらく進む。煙が増えている。さらに進む。真っ黒な煙が道にも広がっていく。さらに進む。松の枝から炎が吹き出した。さらに進む。炎が道を阻み前に進めない。バックしていくと後ろでも松が燃えている。

 前を見ても後ろを見ても大好きな炎。拓海は目を見開きギョロギョロと周囲を見る。炎はみるみる大きくなり拓海の周りは火の海になる。拓海は車から転がり出すと森の中に駆け込んだ。炎を背に真っ暗な森を駆け、不意に足元から地面が消えた。崖だ。拓海は気づいた途端、崖の底に叩きつけられた。

 松の炎が車に燃えわたり爆発音と同時に火柱があがったのを拓海は消えていく意識の底で見上げていた。今夜はよく眠れそうだと思いながら。

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