泉の精
泉の精
「あなたが落としたのは、この黄金のナンですか?それともこちらの銀のナンですか?」
ラキームが最後の小銭をかき集めて買ったナンだった。もう一週間、水しか飲んでいない。命の限界を感じて最期の食事にと買った粗末なナン。
昔はこんなこきたないナンなど見向きもしなかった。自分の二枚舌で稼いだ金は浴びるほどあった。それをまさか他人の口八丁で全て巻き上げられるなど思いもよらなかった。
道端でぼんやりと思いにふけっているところに、ナンの臭いに寄ってきた野良犬に襲われた。追いかけられ、森に逃げ、木の根で転んだ。ナンは泉に落ち、冒頭の質問に戻る。
ラキームは内心手を叩いて躍り上がった。この質問には正直に答えると金銀の斧がもらえるんだ。
「俺のナンはただの粗末なナンだ。味もそっけもありやしない」
泉の精は輝くばかりに笑った。
「あなたは正直な人ですね。お腹がすいているのでしょう、あなたのナンを返しましょう」
ラキームの手に水をたっぷり含んだナンが戻ってきた。茫然としている間に泉の精は消え、野良犬にナンを奪われた。ラキームは泉の中をのぞきこむ。透明な水はどこまでも深い。空腹でめまいを起こしたラキームは頭からどぼんと泉に落ちた。
「あなたが落としたのは、金のラキームですか?それとも銀のラキームですか?」
水の底深く沈んでいくラキームに寄り添うように現れた泉の精は優しくたずねた。
「俺はただの俺だ」
がぼがぼと泡とともにラキームの呟きがもれた。
「あなたは正直な人ですね。あなたには金銀のラキームをあげましょう」 泉の精はラキームの背に金銀のラキームを乗せた。ラキームは生まれて初めて正直の重さを知った。




