晴れた風の強い日
晴れた風の強い日
日差しが顔にかかって目が覚めた。西向きのこの部屋に日がさすのは午後も遅い時刻になってからだということを達樹のぼんやりとした頭はなかなか思い出せない。今が朝なのか昼なのか夜なのかも判然としないまま、それでもただヒメを失ったことだけはさっきまで見ていた夢のようにはっきりと思い出された。達樹は腕で顔を隠して暗闇を作ろうとしたが、強い西日はわずかな隙間から入ってきて強くつぶったまぶたの裏を真っ赤に焼く。もう一度眠りの中に逃げ込むことをゆるしてはくれない太陽に恨みごとの唸りを呟きながら達樹は身を起こした。
部屋の隅の段ボールにヒメはいる。覗いて見なくても分かる、ヒメは丸まって小さな頭をシマシマの後ろ脚の上に乗せて静かに眠っているように見えるだろう。昨日も一昨日もその姿に変わりはなかった。達樹もわかってはいる。変わらず眠っているように見えてもヒメの姿は刻々と中から崩れていっているということを。それでもどうしてもヒメのなきがらを手放すことができないでいた。
寿命だったのだ、どうしようもない。ヒメは二十年生きた。猫の寿命としては十分な年数だ。それは達樹にとっても同じ長さなのに、小学生だった達樹が大人になるまでの間ずっとヒメと共に過ごし、ヒメがいなくなるなどと考えられないほどの年数だったのだ。
顔を洗って歯を磨く。二十時間以上眠っていたが食欲はない。椅子に座り段ボールから顔をそむけヒメの寝床だったクッションを見つめる。なにも頭に浮かばず、ただ見つめている。
鳴き声が聞こえた気がして、達樹は椅子を鳴らして立ち上がると段ボールに駆け寄り中を覗いた。ヒメは変わらず丸くなって眠っている。達樹はそっと指を伸ばしてヒメに触れた。硬かった。鼻は乾燥してしまい、顎に指をかけても頭は揺れもしなかった。まるで時が止まってしまったみたいにヒメは硬直して冷たい。達樹の膝から力が抜けて段ボールを抱え込むようにうずくまった。腕の中からヒメの匂いがした。ヒメを抱きしめている時のふんわりとした暖かさを感じた。段ボールが変形するほど達樹はぎゅっと箱ごとヒメを抱きしめた。
どう、っと風の音がした。風で窓が揺れる。がたがたとサッシが外れそうなほどに風が強く打ちつける。ヒメが嫌がる音だ。達樹は立って行ってカーテンを引こうと手をかけた。真っ青な空がわずかに夕陽の金の光で染まりはじめていた。ああ、と達樹は思う。ああ、今日の夕焼けはヒメをおくるのに最高の日だ、と。 窓を開ける。ごおっと風が部屋に吹き込む。ヒメのにおいを消していく。達樹の目から初めて涙が流れた。ヒメの毛皮に日がさして金色に輝く。達樹の服にのこっていたヒメの毛を巻あげて風はどこまでも駆け抜けていった。




