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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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雨上がり、でも、曇り空

雨上がり、でも、曇り空

 卒業式は雨だった。成人式も入社式も大事な時は決まって雨だった。樹里はウエディングドレス姿で結婚式場の窓から外を眺める。当然のごとく降る雨に、長年雨女として生きてきた樹里はもう溜め息も出ない。けれど新郎は納得がいかないようで先ほどからうろうろと窓の前を行ったり来たりしていた。

「だから言ったでしょう。私と一緒だと雨に降られるよって」

 プロポーズの日も雨だった。

「だけど今日は晴れの特異日だよ、きっとこれから晴れるよ」

 入籍した日も雨だった。

「ねえ、本当に私で良かったの?このさき一生、雨についてこられる人生よ」

 子どもが生まれた日も雨だった。

「大丈夫、きっと晴れるさ。言ってなかったけど、僕は晴れ男なんだよ」

 結婚記念日も毎年雨だった。

「うそばっかり」


 そして今日も、雨だ。


「うそじゃないよ。ほら、晴れてきただろう」

 病院の窓の外、雨はいつの間にかやんでいた。樹里は何本ものチューブに繋がれて朦朧とした頭で窓を眺める。子どもの入学式、遠足、修学旅行、そうだ、夫はいつだって雨をやませてくれたんだ。

「僕は晴れ男だからね」

 今日はいつだろう。何年も寝たきりの樹里にはもうわからないけれど年をとった夫のまなざしは今も結婚した当時と変わらず優しい。

「君がどんなに雨を降らせようとしても、きっと僕が止めて見せるよ」

 ああ、それはいつ聞いた言葉だったか。今でも優しいその言葉は、今日も樹里の上に降ってくる。

「晴れたね。だからまだ逝っちゃだめだ。今日は君の記念日じゃないんだから。君の思い出はいつでも雨なんだろう?今日は晴れたよ、まだ逝っちゃだめだ」

 夫の声は雨のかわりに樹里を包むように降ってくる。樹里は窓の外を見る。雨はあがった。でも曇り空は変わらない。それでも明日もきっと雨は上がる、夫がそばにいてくれるから。樹里はうとうとと雨だれの音を幻に聞きながら眠りにつく。明日もきっと雨は上がる。そう思いながら。

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