春は終わらない
春は終わらない
杉花粉の猛攻に耐えた日々が逝き初夏の香りがしはじめた。それでもまだまだマスクは手放せない。春には春の花が咲き、夏には夏の花が咲く。和美の花粉症は年がら年中とどまるところをしらない。マスクがないと鼻水は止まらない、肌は荒れる、くしゃみは連発。花粉に翻弄されてなにもできない。
職場の懇親会でピクニックが催された。目的地はよりにもよって植物園。和美は行きたい気持ちと逃げたい気持ちの間で揺れ動いた。参加不参加はもちろん自由だ。アレルギーのせいで不自由になる必要なんかないと、和美は意を決して飲みなれない抗アレルギー薬を飲んでピクニックに臨んだ。
植物園はまさに花ざかりだった。あちらの木にもこちらの木にもあちらの花壇にもこちらの花壇にも花花花の花ざかり。薬を飲んでいてさえ、鼻のむずむずが止まらない。和美はくしゃみを連発した。
「大丈夫?」
声をかけてくれたのは憧れの先輩。新人研修で指導を受けてからずっと見つめつづけていたのだ。今日も爽やかで優しげでステキだ。しかし、できれば今は話しかけないでほしかった。口を開くと鼻水が出そうだ。
「風邪?」
和美は手のひらで鼻を隠して、そうっと声を出す。
「カフンショウデス」
案の定鼻水が、たりー、と垂れ上唇のあたりで止まった。
「たいへんだね。花粉症の季節って杉の時だけじゃないそうだね」
すぐにでも物陰に隠れて鼻をかみたいのに、先輩は話し続けて離してくれない。
「和美、課長が呼んでるぞ」
同期の青山に呼ばれて先輩に頭をさげて青山についてトイレの方へ歩いていく。
「ほら」
青山がポケットティッシュを差し出した。和美は奪うようにティッシュを受けとるとトイレに駆け込み、思いきり鼻をかんだ。
トイレから出ると青山が、ぼけらっ、と和美を待っていた。和美はティッシュの残りを青山に渡す。
「もしかして鼻水、見えてた?」
「いや?」
「じゃあなんで私の鼻水がわかったの?」
「いつもトイレに鼻をかみに行くときと同じ顔してた」
和美は両手で顔を覆った。
「やだ!そんなところ見ないでよ!」
「いつでも見てるぜ、お前のこと」
青山は楽しそうに和美の頭をぽんと撫で、和美の顔に熱が集まった。きっと鼻のかみすぎで体がヘンになったんだわ。
「見ないでよー」
和美は赤い顔を両手で隠して下を向く。その刺激でくしゃみをして、また鼻水が出た。和美の春はまだまだ続く。




