きっといつか
きっといつか
人生はロールプレイングゲームだ。だれもが何かの役割を演じて生きている。戦士、僧侶、魔法使い、賢者、その役割らしい振る舞い、その役割らしい言葉づかい、だれもがその役になりきって生きている。
薫は魔法の使えない魔法使いだ。真っ黒なローブを着てフードで顔を隠しているのは敵に目をつけられないため。戦士や拳闘士の後ろに隠れて守ってもらうだけのただのお荷物。
人生にはヒットポイントとマジックポイントがある、と薫は思う。風邪をひけばヒットポイントが減るし、ストレスを感じればマジックポイントが減る。そうやって皆生きているのだ。
薫のマジックポイントは極端に少ない。魔法を使えないのはそのせいだと薫ははがゆく自分の魔法の杖を睨みつける。マジックポイントは些細なことで減っていく。髪を梳くたびに、顔を洗うたびに、爪を切るたびに減っていく。生活の中で身づくろいに必要な活力が、薫のマジックポイントを大きく減らす。風呂に入るのが一番マジックポイントを使う。その日の仕事で失敗してマジックポイントが減っていた日などは風呂に入ることが困難だ。そんな時はヒットポイントをマジックポイントのかわりに削ってなんとか仕事をやっつける。だからいつも薫はヒットポイント不足でへとへとに疲れている。おしゃれをすることもマジックポイントを多量に使う。だから薫はいつも黒くて飾りけのない服を着る。薫のクローゼットは魔法使いらしく真っ黒だ。
チームリーダーの戦士が薫に最後通牒を突きつけた。
「これ以上失敗が続くようならチームから外れてもらう」
そのチームは薫がずっと憧れていて、落ちこぼれであっても今まで必死で働いてきた経緯がある。けれどその努力は薫を傷つけヒットポイントを削り、薫に自信を失くさせマジックポイントを減らした。もうチームから離れた方がいいのかもしれない。薫はじっと自分の手のひらを眺めた。そこに乗っている魔法の杖はいつの間にか小さく小さくなってしまって今ではもう鉛筆と変わらないサイズだ。薫はそっと、初歩の魔法にもならないマジックポイントの吐息を杖に吹きかけた。杖は小さく揺れたがそれだけで、薫のために働いてはくれなかった。
チームを辞めた。薫は魔法使いをやめて遊び人になった。ヒットポイントもマジックポイントも使わない、ただ持ち金だけが減っていく。生活はどんどん苦しくなる。けれど薫はもうどの役割も演じられる気がしない。もともと少なかったマジックポイントはヒットポイントを回復させるためにさらに減り、今では身づくろいどころか着替えさえも出来なくなった。眠ることも食べる事も出来なくなって遊び人も辞め、病人になった。名もない老人、病で死にかけ勇者が特効薬を持ってきてくれるのを待っている老人。ヒットポイントもマジックポイントも持たない、それが薫の新しい生き方だった。けれどいつか、きっといつか。勇者がやってきてくれたら、薬が届いたら、病が治ったら、薫にも新しい役割を演じることができるようになるだろう。薫はその日が来るのを、ベッドの上で杖にすがりついて、じっと待っている。




