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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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うしろのしょうめん

うしろのしょうめん

 哲は「怪談師」をもって自認している。

 と言っても、怪談を自作し「これは友達が実際に体験した話なんだけど…」と、人に話すことを趣味としているだけだが。


 きっかけは、小学生の頃。

 クラスで怪談が流行り、放課後、知っている怪談を語り合った。毎日そんなことを続けていたので、哲はすぐにネタ切れになってしまった。苦肉の策で、適当にありそうな話をでっちあげた。

 反応は上々。怖がって泣き出す女子もいた。哲は自分の才能に満足した。

 どんどん自作の怪談を続けたが、子供の興味はすぐに変わる。クラスで怪談をするものはいなくなってしまった。


 当時、通っていた塾で、試しに怪談を提案するとみんなノッてきた。

 輪になって怪談を順繰りに語っているうちに、そいつの順番が来た。

 おどろいた。

 参加者の一人、違う小学校に通っているヤツだ。そいつが「友達から聞いたんだけど……」と話しだしたのは、哲の創作話だった。

 自分の怪談が巡り巡って、自分のもとに返ってくるなんて。喜びのあまり、哲は震えた。怪談を創る意欲が湧きたった。

 

 だがそれ以来、自分の怪談が自分のもとへ返ってきたことはない。どれだけ語っても、怪談たちは遠く旅に出たままだ。哲は幼いながらに世間の広さをぼんやりと感じた。


 大学生になり、あまり怪談をする機会はなくなった。麻雀サークルの飲み会や合コンでぽつぽつ語るくらいだったが、ネットで「怪談掲示板」を見つけてしまった。

 怪談好きは探せばいるものだ。哲は同好の士と思う存分、語り合った。 もちろん、怪談を。


 二度目の、奇跡が起きた。

 掲示板に、哲の作った怪談が書き込まれていた。

 広い世界がインターネットで近づいた、とはこういうことか。哲は泣きそうなほど喜んだ。

 話はありふれたものだ。

「群馬県のとあるトンネルを3人だけが乗った車で通ると、誰もいないはずの席に、びしょ濡れの女が座っている」

 哲のオリジナルはそこまでだが、書き込まれた話には尾ひれがついていた。

「この話を聞くと、その女がやってきて、トンネルはどこ? と聞いてくる」と。

 自分の作品を改竄され、哲はむっとし、掲示板に書き込みをした。


133 :本当にあった怖い名無し:

   その話聞いたことあるけど女こなかったし、そもそも最後の一文「その女がやって来て~~」はなかったぞ


148 :本当にあった怖い名無し:

   oremo


152 :本当にあった怖い名無し:

   まあ、怪談なんてそんなものw


 しばらく眺めていると、掲示板では女が来た派と、来ない派に分かれ、検討が始まった。その人数は二十人を越えた。自分の怪談が、こんなに大勢に知られている。哲は狂喜した。

 検討が進み「怪談が語り継がれる過程で変化した」ということではないかという推論が立った。

 そして「来た」と言う人の多さに、これは実話なのではないか、という意見が多数出た。

 哲は喜びのあまり失禁しそうだった。

 検討はまだ続く。

 なぜ「女がやってくる」と言う部分が生まれたのか、その理由に言及するものがいた。


879 :本当にあった怖い名無し:

   何度も語られる内、百物語の効果が生まれ幽霊を呼び寄せたのでは?


 なるほど、それは面白い。哲は、次の怪談のネタにしようとメモを取った。

 と、携帯に着信があった。サークル仲間の河田だ。

「もしもし? どーした河田?」

「お前、あの話、覚えてるか?」

 河田は珍しく真面目な声だ。

「なんだよ、あの話でわかるわけないだろ」

「お前から聞いたよな、あの怪談だよ! 群馬県のトンネルでって」

「お~。ナイス! 今それ、2ちゃんで話題になってるよ。幽霊が訪ねてくるとか……」

「来たんだよ!! 昨夜!」

「はあ?」

「昨日、合コン行ったら怪談になって、他のヤツがあの話したんだよ。したら、来たんだよ! 寝てたら金縛りになって。目だけ動くんだ。枕元に立ってんだよ、女が!!」

「おい、よせよ。あるわけないだろ」

「ホントなんだって! そんで女が、帰りたい、トンネルはどこって聞くから、お前から聞いたんだから、お前のところに行けって言っちゃったんだよ。なあ、お前、知らないか? トンネルの場所?」


 哲は携帯を切る。

 知るワケがない。だって、作り話なのだ。

 PC画面では、来た、来ないの論争が続いている。

 「来た」というヤツの書き込みを読み漁る。

 皆口をそろえて「寝ていたら金縛りに会い、枕元にびしょ濡れの女が立っていた」と言う。

 よし、わかった。今夜は寝ない。そうしよう。いや、信じているわけじゃないが、念のためだ。

 哲は自分に言い訳をしながら、さらに念のために、群馬県の心霊スポットを調べた。

 「城下トンネル」よし、ここだ。ここでいい。作者のオレが決めたんだから、ここに違いない。


 ふと、笑いがこみ上げる。何やってんだ、オレ?自分の作り話に怯えて、バカか? くすくすと笑いが止まらない。すっかり陽気になってウィンドウを閉じた。

 


 PCを消し、立ち上がろうとした。その時、異変に気付いた。

 体が、動かない。


 金縛りだ。

 まさか。

 バカな。

 作り話なのに。

 寝てもいないのに、なんで?


 首筋に、誰かの息遣いを感じる。

 うそだ。一人暮らしなのに。


 必死で、金縛りを解こうともがく哲の肩に、ぽたり、と雫が垂れた。

 哲は必死にもがき、金縛りを解こうとする。その頬に湿った人の肌が触れ。

 哲は目だけをそちらに向け……。

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