うしろのしょうめん
うしろのしょうめん
哲は「怪談師」をもって自認している。
と言っても、怪談を自作し「これは友達が実際に体験した話なんだけど…」と、人に話すことを趣味としているだけだが。
きっかけは、小学生の頃。
クラスで怪談が流行り、放課後、知っている怪談を語り合った。毎日そんなことを続けていたので、哲はすぐにネタ切れになってしまった。苦肉の策で、適当にありそうな話をでっちあげた。
反応は上々。怖がって泣き出す女子もいた。哲は自分の才能に満足した。
どんどん自作の怪談を続けたが、子供の興味はすぐに変わる。クラスで怪談をするものはいなくなってしまった。
当時、通っていた塾で、試しに怪談を提案するとみんなノッてきた。
輪になって怪談を順繰りに語っているうちに、そいつの順番が来た。
おどろいた。
参加者の一人、違う小学校に通っているヤツだ。そいつが「友達から聞いたんだけど……」と話しだしたのは、哲の創作話だった。
自分の怪談が巡り巡って、自分のもとに返ってくるなんて。喜びのあまり、哲は震えた。怪談を創る意欲が湧きたった。
だがそれ以来、自分の怪談が自分のもとへ返ってきたことはない。どれだけ語っても、怪談たちは遠く旅に出たままだ。哲は幼いながらに世間の広さをぼんやりと感じた。
大学生になり、あまり怪談をする機会はなくなった。麻雀サークルの飲み会や合コンでぽつぽつ語るくらいだったが、ネットで「怪談掲示板」を見つけてしまった。
怪談好きは探せばいるものだ。哲は同好の士と思う存分、語り合った。 もちろん、怪談を。
二度目の、奇跡が起きた。
掲示板に、哲の作った怪談が書き込まれていた。
広い世界がインターネットで近づいた、とはこういうことか。哲は泣きそうなほど喜んだ。
話はありふれたものだ。
「群馬県のとあるトンネルを3人だけが乗った車で通ると、誰もいないはずの席に、びしょ濡れの女が座っている」
哲のオリジナルはそこまでだが、書き込まれた話には尾ひれがついていた。
「この話を聞くと、その女がやってきて、トンネルはどこ? と聞いてくる」と。
自分の作品を改竄され、哲はむっとし、掲示板に書き込みをした。
133 :本当にあった怖い名無し:
その話聞いたことあるけど女こなかったし、そもそも最後の一文「その女がやって来て~~」はなかったぞ
148 :本当にあった怖い名無し:
oremo
152 :本当にあった怖い名無し:
まあ、怪談なんてそんなものw
しばらく眺めていると、掲示板では女が来た派と、来ない派に分かれ、検討が始まった。その人数は二十人を越えた。自分の怪談が、こんなに大勢に知られている。哲は狂喜した。
検討が進み「怪談が語り継がれる過程で変化した」ということではないかという推論が立った。
そして「来た」と言う人の多さに、これは実話なのではないか、という意見が多数出た。
哲は喜びのあまり失禁しそうだった。
検討はまだ続く。
なぜ「女がやってくる」と言う部分が生まれたのか、その理由に言及するものがいた。
879 :本当にあった怖い名無し:
何度も語られる内、百物語の効果が生まれ幽霊を呼び寄せたのでは?
なるほど、それは面白い。哲は、次の怪談のネタにしようとメモを取った。
と、携帯に着信があった。サークル仲間の河田だ。
「もしもし? どーした河田?」
「お前、あの話、覚えてるか?」
河田は珍しく真面目な声だ。
「なんだよ、あの話でわかるわけないだろ」
「お前から聞いたよな、あの怪談だよ! 群馬県のトンネルでって」
「お~。ナイス! 今それ、2ちゃんで話題になってるよ。幽霊が訪ねてくるとか……」
「来たんだよ!! 昨夜!」
「はあ?」
「昨日、合コン行ったら怪談になって、他のヤツがあの話したんだよ。したら、来たんだよ! 寝てたら金縛りになって。目だけ動くんだ。枕元に立ってんだよ、女が!!」
「おい、よせよ。あるわけないだろ」
「ホントなんだって! そんで女が、帰りたい、トンネルはどこって聞くから、お前から聞いたんだから、お前のところに行けって言っちゃったんだよ。なあ、お前、知らないか? トンネルの場所?」
哲は携帯を切る。
知るワケがない。だって、作り話なのだ。
PC画面では、来た、来ないの論争が続いている。
「来た」というヤツの書き込みを読み漁る。
皆口をそろえて「寝ていたら金縛りに会い、枕元にびしょ濡れの女が立っていた」と言う。
よし、わかった。今夜は寝ない。そうしよう。いや、信じているわけじゃないが、念のためだ。
哲は自分に言い訳をしながら、さらに念のために、群馬県の心霊スポットを調べた。
「城下トンネル」よし、ここだ。ここでいい。作者のオレが決めたんだから、ここに違いない。
ふと、笑いがこみ上げる。何やってんだ、オレ?自分の作り話に怯えて、バカか? くすくすと笑いが止まらない。すっかり陽気になってウィンドウを閉じた。
PCを消し、立ち上がろうとした。その時、異変に気付いた。
体が、動かない。
金縛りだ。
まさか。
バカな。
作り話なのに。
寝てもいないのに、なんで?
首筋に、誰かの息遣いを感じる。
うそだ。一人暮らしなのに。
必死で、金縛りを解こうともがく哲の肩に、ぽたり、と雫が垂れた。
哲は必死にもがき、金縛りを解こうとする。その頬に湿った人の肌が触れ。
哲は目だけをそちらに向け……。