カッチコッチ
カッチコッチ
腕時計を買った。出張で空港に向かう途中、時計を忘れてきたことに気づいたのだ。
新しい腕時計は秒針がカッチコッチと音たてて回る。普段、デジタル時計を使っているものだから秒針の音が新鮮だ。
回る針を見ていたら、ふと昔のことが思い出された。
昔も昔、幼稚園児だったころのことだ。幼児のための学習キットなるものを与えられた。小さな積み木やひらがなカルタなどと一緒に時計のおもちゃが入っていた。丸い胴体に太い足が四本ついていて、背面にある竜図を回すと秒針が回り、秒針が一周すると長針が回り、長針が一周すると、わずかに短針が動く。その動きの繰り返しが楽しくて、いつまでもいつまでも時計の針を回しつづけた。まだ時計の読み方もわからずただ回しつづけた。
ある日、ふと時計の意味するところがわかった。時計の読み方が突然理解できたのだ。それは時計の秒針と長針と短針が文字盤の12の上でカチリとあったように、なによりも正確に、なによりもはっきりと、それまでの時とそれからの時をわけた。
時計の読み方を知る前は時間は奔放に自在に伸び縮みしていた。今日が昨日より長かったり、明日が今日と比べ物にならないほど短かったりしていた。時はすべて自分のものだった。
時計の読み方を知ってからは時は与えられるものに代わった。一日が終わると次の一日が与えられる。一秒の次は必ず二秒がやってくる。それはなんと窮屈なことだろう!
カッチコッチと腕時計の音は変わることなく一定のリズムで鳴る。一秒の次は必ず二秒。カッチコッチカッチコッチ七秒、八秒、カッチコッチカッチコッチ十三秒、そしていつか一億秒、一京秒、那由多にまでも時を刻む。時計を知り自由と引き換えに、私は永遠を手に入れた。
腕を軽くふり腕時計を馴染ませて歩き出す。カッチコッチカッチコッチと止まらない時と共に。いつまでも。




