鏡よ鏡、私は生きる
鏡よ鏡、私は生きる
「ね、亀井さんて、何歳?若いよね」
同僚の質問に、またか、と鶴子はため息をつく。
「今年、四十になります」
「えー!うそー!二十歳そこそこだと思ってた!」
「まさかまさか」
苦い思いを飲み下し、鶴子は笑顔を作る。若いと言われたら、女性は喜ぶものだという常識に従って。そうしないと白い目で見られるということを何度も体験した。
鶴子は老けた子供だった。小学生のころのあだ名は『おばさん』だった。高校の丈の短いスカートをはいていると無理したコスプレにしか見えなかった。振り袖を着たら演歌歌手のようだった。
それがなぜか三十を過ぎてから年相応に見られるようになり、三十五を過ぎると年齢より若く見られるようになった。
嬉しくはなかった。ただ、驚いた。老けて見られることが当然だった長い時間が染み付いた鶴子の頭は若く見られることにただただ混乱した。
それから一年過ごすごとに、だんだんと見た目年齢は若くなり、とうとう二十代に突入してしまった。鏡で見る自分は確かに年を重ねているのに、皆にはどう見えているのか不気味だった。
若く見られることに苦痛を感じるのは鶴子が自分に自信を持てないせいだ。四十になるというのにキャリアがない。仕事が出来るわけでもない。結婚も出産もしていない。鶴子は自分が四十年、無駄に過ごしてきたような劣等感を感じていた。若く見えることが、その劣等感を裏付けているようで不安になるのだ。
「年にあわない適当な服装ばかりしているから、年齢が誤魔化されてるのよ」
鶴子は笑顔でそう言ってみる。けれど心は誤魔化せない。鶴子は年相応の人間になれていないと自分を蔑む。
「さすが亀井さんは名前に負けないね!」
「え?」
「亀井鶴子、絶対、長生きするよね。見た目年齢が若いのがその証拠だよ」
「ええ?」
「二十歳に見える今が、四十歳でしょ?四十歳に見える時が、六十歳。八十歳に見えるようになって、やっと百歳。みんなより二十年は長生きするね、絶対」
その論理はよくわからなかったけれど、鶴子は肩から重い荷物が取れたような気持ちになった。
「五十代になったら、やっと三十代」
「そうそう。お得だよね」
「私、これから頑張る」
「え、なにを?」
同僚は不思議そうな顔をした。
「人生を、ここから」
鶴子は心から笑った。




