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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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窓を開けて

窓を開けて

 ぼんやりと目覚めて薄目を開けると、カーテンのすきまから日差しが入り込んでいて、とっくに陽が高くのぼっているんだと気付いた。


 まぶたが重い。腫れているのだろう、半分しか開かない。鼻もつまって重い。頬は涙でただれてカピカピになっている。


 あまりに寝すぎて、もうちっとも眠気はないが、ベッドから抜け出す気力もない。窓に背を向けるように寝返りをうつ。明るい日差しがうっとうしい。


 昨夜、2年付き合った彼氏から、急に別れを切り出された。

 好きな人ができたという。


 好きな人ができたとは、いったい何といういいぐさ。

 私は好きな人じゃなかったわけね?

 怒るよりなにより、あきれて何も言えなかった。彼は一人勝手に謝ると、それですべて終わりましたと言うように背中を見せて歩き去った。

 私の話は聞かないわけ? 罵倒の一つも浴びようという心意気はないわけ?


 もやもやしたまま部屋に戻って風呂につかって、ふと自分のウデの上の水滴を見た。たらりと流れて歪んでいる。そうそう、年とると水滴が丸くならないのよね……。


 なんだか、無性に泣けてきた。悲しいわけでも悔しいわけでもないのに。いや、すこしは悔しいんだけど。

 涙はぼろぼろぼろぼろ、こぼれていく。私の頬の上をつたう涙が、丸いかどうか私には見えない。それがせめて、ありがたかった。


 この2年間。私は、私のことを好きでもない人のために、無駄にしてきたのだ。この2年間。好きでもないサッカーの勉強したり、好きでもないフランス料理を食べたり、好きでもないあれもこれも…………。彼のことを好きだったから、がんばったんだ……。


 そう思ったら、もう涙か鼻水か汗だかなんだかさっぱりわからない体液まみれで、ろくに髪も乾かさず、布団にくるまって、いつのまにか寝ていたのだ。


 昨夜のことを思い出し、また涙が出そうになったが、ふと背中がイヤに寒いことに気付いた。布団にくるまっているのに、おかまいなしに窓から冷気が忍び込む。今日はやたら寒いのかな。


 だらりと体を起こし、カーテンの下から外をのぞく。窓ガラスは真っ白に曇っている。

 手で曇りを落とすと、外は一面、真っ白だった。雪だ。雪は好きだ。けど、今の私には何の感慨も思い当たらない。


 ガラスを拭いて冷えた右手を見下ろす。ぎょっとした。真っ黒だ。

 なんだ、これ? 窓ガラスを見上げて、はたと気付く。そう言えば、窓掃除を最後にしたのいつだっけ?


 私は勢い良く起き出すと手を洗い、ついでに顔も洗い、着替えを済ませ窓拭きを始めた。ガラスについている水滴のおかげで、窓の内側は簡単に綺麗になる。その代わり、手にした雑巾は真っ黒だ。


 窓を開ける。

「さむーーー」

 雪が積もった寒さは独特だ。体の芯まで突き刺さる。それでいて、どこか暖かい。


 窓の外側もピカピカになるまで拭きあげ、私は満足して窓を閉めた。二年間の垢を落としてピカピカの窓から見る雪景色。

 もう昼も近いというのに、誰の足跡もついていない。まっさらだ。

「踏んでこよう!」

 コートをつかんで、外へ飛び出す。子どものころにもどったように、思うさま雪に足あとをつけていく。えもいわれぬ達成感。

 

 そうだ。私はこんなことが好きだったんだっけ。なんだか、ずいぶん久しぶりに楽しんでるみたい。


 しゃがみこんで、両手いっぱいに雪をつかんで雪玉を作る。

「えい!」

 力いっぱい投げあげた雪の玉は、太陽に向かって飛んでいった。

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